パク・ミソン
1967年生まれのコメディアン・司会者。1988年にMBCのお笑いコンテストでデビューし、自ら体を張る女性芸人の先駆けとなった。『ハッピートゥゲザー』などで穏やかな進行役として第二の全盛期を築き、2025年には乳がん治療のため休養した。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
演劇科の学生がお笑いの道へ
パク・ミソンは漢陽大学演劇映画科の4年生だった1988年、MBCの第2回テレビお笑いコンテストで金賞を取り芸能界に入った。本人によれば、もともと芸人志望ではなく、同期に付き添って試験を受けたら受かってしまったのだという。面接では、アナウンサーのような地味な服装で一切表情を崩さず、悲惨な家族の身の上話を淡々と語るという意表を突いたネタを披露し、審査員の笑いを誘って次の審査に進んだ。当時の女性芸人の中では際立って背が高く、整った顔立ちだったことも、型破りな芸風との落差で強い印象を残した。
活動の歩み
「壊れる女芸人」から国民的MCへ
デビュー後は『日曜日日曜日の夜に』などのコント番組で、自ら容姿を崩し毒のあるオチをつける大胆な芸風で注目された。それまでの女性芸人は男性芸人の引き立て役が中心で、自分から「壊れる」スタイルは彼女が切り開いたものとされる。2000年代には『ギャグコンサート』の人気コーナー「ポンスンア学堂」で先生役を務め、2008年からは『ハッピートゥゲザー』の固定MCとして約7年半出演した。ゲストの話を最後まで聞き、場が荒れればさりげなく仲裁する安定した進行が評価され、『私たち結婚しました』のスタジオMCや『1号にはなれない』などでも長く活躍している。
エピソード
夫イ・ボンウォンと闘病
1993年に同じコントで共演した芸人イ・ボンウォンと結婚し、韓国で3組目のコメディアン夫婦となった。夫の事業失敗をネタにした自虐トークは定番だが、実際には夫が借金を自力で返したとして、夫ばかりが非難される状況に心を痛め、近年はその話題を控えていると明かしている。2025年2月、健康上の理由で活動休止を発表し、のちに初期の乳がん治療のためだったと報じられた。同年11月に『ユ・クイズ ON THE BLOCK』で短髪の姿を見せて復帰し、2026年にはMBNの新番組のメインMCに起用されると伝えられた。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- パク・ミソン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 僕たちの復讐ノート — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09