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キム・ヒチョル

김희철Kim Hee-chul
SUPER JUNIORSUPER JUNIOR-TM&D우주겁쟁이俳優・女優歌手

1983年生まれ、江原道横城出身の歌手・タレント。2005年にドラマで俳優デビューし、同年SUPER JUNIORの一員として歌手デビュー。毒舌トークでバラエティの顔となり、2015年から『知ってるお兄さん』に出演。2026年にはイトゥクとのユニットSUPER JUNIOR-83zで新作を出した。

更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

テレビとゲームの少年時代

1983年7月10日、江原道横城郡に生まれた。家では末っ子で、学生時代の多くをテレビとゲームに費やしたと本人は振り返る。とはいえ遊んでばかりいたわけではなく、高校時代から芸能界入りまでの間に、プールの監視員、焼肉店、出版社の編集インターン、漫画家のアシスタント、テレビ工場など、さまざまな仕事を経験している。芸能人を志したきっかけは拍子抜けするほど単純で、2002年のある日、家でぼんやり音楽番組を見ていたところPSYが『Champion』を歌う姿が目に入り、「自分もやってみようか」と思い立ったのだという。応募先にSMエンターテインメントを選んだ理由は、社名がいちばん短かったからだと語っている。

遅刻したオーディションと回り道

土曜オーディションには遅刻し、一度は「受け付けない」と断られたが、頭を下げて顔を上げた瞬間に担当者が考えを変え、機会を与えられた。当時ロックに傾倒していた彼はスキッド・ロウの曲をシャウトで歌い、困ったスタッフに国歌を歌い直させられたという。それでも会社は他社に取られることを恐れ、帰りのバスに乗るまで見届けて翌日には契約書を送り、2002年12月に練習生契約を結んだ。もっとも練習生時代は指示に従わず、反省文と練習停止を繰り返した。2003年にはユンホ、ジェジュン、カンインとの「フォーシーズン」、翌年はTRAXのメインボーカルとしてデビューが計画されたが、いずれも実現しなかった。ついには故郷に帰ってしまったが、イ・スマンが社員を送って呼び戻し、演技をやらせてみてはどうかと提案した。

活動の歩み

俳優デビューからグループへ

2005年3月、KBS2の青春ドラマ『반올림2(四捨五入2)』で俳優として先にデビューし、その約8か月後にSUPER JUNIORへ合流して歌手としての活動を始めた。デビュー前からサイワールドのミニホームページで「シンデレラ」の名で大人気を集めており、中性的な美貌は当時の「きれいな男」ブームの象徴の一つとなった。グループではサブボーカルとサブラップを担当。トロットユニットSUPER JUNIOR-Tにも参加したほか、練習生時代からの親友キム・ジョンモとはM&Dを組み、2011年にデジタルシングル『뭘봐(Close Ur Mouth)』を出している。転機となったのは2006年8月の交通事故である。メンバーのドンへの父の葬儀に参列した帰り道、車が中央分離帯に衝突し、左脚を太ももから足首まで粉砕骨折した。長時間の手術を受け、以後ダンスの比重は下がったが、そのぶんバラエティでグループを知らしめようと決意したという。

バラエティの顔として

デビュー直後からバラエティに積極的に出演し、グループの知名度向上に大きく貢献した。メンバーのシンドンは、無名だった頃に彼が先に固定出演を勝ち取り「SUPER JUNIORのキム・ヒチョル」として名を広めてくれたことに感謝を述べている。2010年から2011年にかけては『ラジオスター』に出演。2011年9月からは社会服務要員として兵役に就き、2013年8月に招集解除された。復帰後の2015年に始まったJTBC『知ってるお兄さん』では、毒舌と奔放なキャラクターで笑いを取りつつ、実は場の空気を整える役回りも担い、番組の看板となった。アイドルや歌手のゲストが来ると、その曲の誕生秘話まで覚えていて驚かせることから「人間ジュークボックス」とも呼ばれる。

デビュー20年を越えて

2016年にはSM STATIONでキム・ジョンモ、MAMAMOOのフィインと『나르시스(Narcissus)』を発表し、ミン・ギョンフンとのユニット「宇宙臆病者」でも歌った。2024年2月には個人YouTubeチャンネル「김희철 Heenim」を開設し、一時の中断を経て2025年9月から投稿を続けている。デビュー20周年を過ぎた2026年には、同じ1983年生まれのイトゥクとユニットSUPER JUNIOR-83zを結成し、7月13日に1stミニアルバム『너를 위한 약속(Promise)』を発表した。収録曲はすべて韓国語詞で、彼はソロ曲『고독남(孤独男)』のほか『온새미로(ONSAEMIRO)』『우리의 우정은 사랑보다 강하다(More Than Love)』の詞を手がけた。『온새미로』には、年月が過ぎても二人で歩み続けるという約束が込められている。発売後はアジア各地を回るファンコンサートツアーも組まれた。

エピソード

「宇宙大スター」と作詞の素顔

「宇宙大スター」という呼び名は、トップスターやビッグスターとは違う言い方をしたくて本人が考え出したもので、作詞のペンネームにもなっている。バラエティの印象が強いが、早くから作詞を続け、M&Dの曲でも詞を書いている。ただし着想は意外なものが多い。恋人に最後の別れを告げる切ない歌詞の『魂(Soul)』は、オンラインゲームで剣の強化に失敗して腹を立てた勢いで書いたと知られている。ORANGE CARAMELの『上海ロマンス』の作詞も彼の仕事で、もとは「ロンドン・ボーイ」という題だったが、中国風のコンセプトに合わせて歌詞のテムズ川が揚子江に変わり、題も改められて世に出た。この曲はヒットし、彼は兵役中も毎月まとまった著作権料を受け取ったと明かしている。

痛む脚で臨んだ兵役

事故の後遺症で障害等級の判定まで受けており、兵務庁の職員からは本来は免除の対象だが、世間の空気を考えると公益勤務を志願した方がよいと勧められ、それを受け入れたとされる。それでも入所当時は公益勤務となったことを皮肉る心ない書き込みに苦しんだ。本人は訓練所に静かに入るつもりだったが事務所の判断で公表し、服務中は職場にファンが押しかけないよう繰り返し頼み、当時国内有数の規模だったTwitterアカウントまで削除した。訓練を担当した中隊長の証言として、芸能人は怠けるというイメージを払拭したいと、脚が激しく痛んでも訓練を規定どおりにこなし、夜には腫れた脚の痛みに泣いていたという話も伝えられている。後に予備軍の検査を受けた際、兵務庁の職員から「本来は行かなくてよかったのに」と言われたという。

毒舌の裏の照れ屋

デビュー初期は自他ともに認める気難しさで、後輩のSHINeeのキーやミンホは「近寄りがたかった」「人はこんなに変わるのか」と口をそろえる。今では面倒見のよさで知られ、気に入った相手には何でも分け与えるほど情が厚いが、褒められると顔を真っ赤にして人の陰に隠れる「褒められアレルギー」の持ち主でもある。ドンへとは練習生時代からの付き合いで、実の弟のようにかわいがってきた。酒好きを自認し、「酒をやめられないなら運転をやめる」と飲酒運転を防ぐために車を手放し、10年以上自家用車なしで暮らしていると明かしている。

公開恋愛と悪質コメントへの対応

2020年1月2日、TWICEのモモとの交際を双方の事務所が認めた。親しい先輩後輩の間柄から好意を持つようになったと説明されたが、2021年7月8日に双方の事務所が破局を認め、詳細は私生活だとして明かさなかった。女性芸能人の友人が多いことで知られながら、それまで目立った熱愛報道はほとんどなかったため、交際の発表は大きな話題となった。2019年に親交のあったソルリやク・ハラが相次いで亡くなったことにも強い憤りを示し、Instagramのフォローを整理して非公開に切り替えたこともある。自身への悪質な書き込みについては2020年に告訴状の写真まで公開し、示談や寛大な処分の求めには一切応じないと公言した。

プロフィール

生年月日
1983年7月10日[1]
出生地
横城郡[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優 / 歌手[1]
関連グループ
SUPER JUNIOR / SUPER JUNIOR-T / M&D / 우주겁쟁이[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2021年ペットケージAmazonで探す펫키지出演[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. キム・ヒチョル — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  2. ペットケージ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08