キム・ソクジン
JIN(キム・ソクジン)はBTSの最年長メンバーでボーカル担当。俳優を志していた大学生の時に路上でスカウトされ、2013年にデビューした。メンバーで最初に兵役を終え、ソロ作『Happy』『Echo』の発表やソロツアーを経て、2026年からはグループのツアーに臨んでいる。[6][3][9][12][4][14]
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-08
生い立ちとデビューまで
俳優志望の大学生
JINがもともと目指していたのは歌手ではなく俳優だった。2021年3月放送のtvN『ユ・クイズ ON THE BLOCK』で本人が明かしたところによると、20歳の時、大学へ向かうバスを降りた直後に事務所のスカウト担当に呼び止められた。担当者は「生まれて初めてあなたのような顔を見た」と言い、代表のパン・シヒョクが見たらきっと目を見張るはずだから一度だけでもオーディションを受けてほしいと頼み込んだという。隣で首をかしげるSUGAに、JINが「放送だから少しアップグレードした」と返して笑いを誘う一幕もあった。[6]
練習生として一からの挑戦
Rolling Stoneも、演技を学んでいた彼がその容姿を見込まれて路上でスカウトされたと紹介している。演技から音楽の世界に入った本人は「ほかのメンバーは一度振付を覚えればすぐに踊れるが、自分はそうはいかない」と語り、仲間の足を引っ張らないよう人一倍練習してきたという。BTSは2013年6月に7人でデビューし、1992年12月4日生まれのJINはメンバー最年長となった。Weverse Magazineは、俳優志望だった彼がいまではずっとチームと共にいたいと語るようになった変化に注目している。[5][3][12]
活動の歩み
自作曲を届けたボーカリスト
グループではボーカルを担い、メンバーはサウンドクラウドなどで正式なアルバムに入らない作品も発表してきた。JINは2020年12月4日の誕生日に合わせ、プロデューサーのケ・ボムジュ、Pdogg、RMと作った「Abyss」を公開している。2022年10月21日には、以前に公開していた「スーパーチュナ」「Abyss」「이 밤(この夜)」などの非公式ソロ曲が音楽配信サービスでも配信され、聯合ニュースによればiTunesのソングチャートで「スーパーチュナ」が39か国、「Abyss」が17か国、「この夜」が16か国で1位になった。[7][8][12]
『The Astronaut』と入隊
2022年10月28日、JINは初のソロシングル『The Astronaut』を発表した。2021年に「My Universe」で共演したコールドプレイが作詞・作曲・演奏に参加し、JIN自身もファンへの思いを込めて作詞に加わったポップロックである。同じ日にはアルゼンチン・ブエノスアイレスで行われたコールドプレイの公演にゲストとして登場し、新曲を初披露した。入隊延期の取り消しを表明していた彼は、同年12月13日、メンバーで最初に陸軍に入隊し、第5歩兵師団の新兵教育隊で助教を務めた。[8][9]
除隊、そしてパリの聖火
2024年6月12日、JINは京畿道漣川の部隊で除隊した。服務中のメンバーたちも休暇を取って出迎え、RMはサックスを演奏して祝った。翌13日はBTSのデビュー11周年にあたり、彼はファン1,000人とハグを交わすイベントで公式活動を再開している。7月14日にはパリ五輪の聖火リレーで、ルーヴル美術館周辺の区間を担当した。フランスの革命記念日と重なったこの日、リヴォリ通りで聖火を受け取って約200メートルを走った後、聖火を運べたのはファンのおかげだと感謝を述べている。[9][11]
『Happy』『Echo』とソロツアー
2024年11月に発表した初のソロアルバム『Happy』は、バンドサウンドを軸にした6曲入りで、テイク・ザットのゲイリー・バーロウがプロデュースに加わった「Running Wild」、ONE OK ROCKのTaka、Toruが参加した「Until I Reach You」、Red Velvetのウェンディとのデュエット曲を収録した。2025年5月16日には2作目『Echo』を発表し、6月28日の京畿道高陽公演を皮切りに、日本、アメリカ、イギリス、オランダの9都市18公演を巡るファンコンサートツアーを行った。ツアー名は自身のYouTubeバラエティ『走れ ソクジン』にちなむ。[12][4][13]
エピソード
ビルボード1位の後の燃え尽き
「Abyss」を公開した際、JINは最近燃え尽きを経験したと打ち明けている。ビルボードの「HOT 100」で1位を獲得して多くの祝福を受けたものの、自分よりも音楽を愛し、上手な人はたくさんいるのに、こんな喜びを受け取ってよいのかと考えてしまったという。そんな時に作曲家のケ・ボムジュと出会い、自分の感情について語り合ううちに、不安をそのまま書いてみよう、うまくいかなければまたやり直せばいいという前向きな言葉に救われ、その心境を曲にしたと説明した。[7]
助教として過ごした軍生活
除隊直後のインタビューでJINは、助教は全部で25人ほどの小さな所帯だったと振り返っている。19歳前後で入隊した後輩たちに「健康のためにちゃんと食べないと」と、軍の給料以上の金額を使ってチキンや豚足、ピザをおごり続け、しまいには皆が飽きるほどだったと笑う。間違いをした後輩にも「誰でもミスはする」と声をかけていたという。精鋭兵の称号「特級戦士」を目指した際には、先輩たちから前夜は食事を控えろ、当日は水も一口だけにしろと助言され、全身に鎮痛スプレーを吹きかけられて走ったという逸話も明かした。[10]
除隊の日のサックスと復帰の舞台
除隊の日、隣でRMがサックスを吹いていたことに、JINはその場では気づかなかった。軍楽隊の録音が流れる除隊式に慣れていたうえ、涙を流しながら報道陣に敬礼していたため、後で映像を見て初めて演奏曲が「Dynamite」だったと知ったという。翌日のFESTAの舞台では、歌いながら感極まって声が出なくなるのを避けるため、わざとイヤーモニターの音量を上げ、最初の曲では目を閉じていた。緊張を和らげる漢方薬「清心丸」を休暇の帰りに試したものの、喉が渇いて断念したという準備の裏話も語っている。[10][9]
入隊前に交わした約束
2026年の「ARIRANG」ワールドツアーについて、JINは公演の多さを大変だと言いながらも、日程の延長を自ら提案した。その理由を、全員が除隊したらコロナ禍で行けなかった場所のARMYに会いに行こうと、入隊前にメンバー同士で約束していたからだと説明している。ステージでは思いつきでファンを笑わせることも多く、それを「即興の計画」と冗談めかして呼ぶ。メンバー抜きで活動やツアーをした経験から、7人で一緒に舞台に立てることのありがたさを知ったとも語った。[14]
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- キム・ソクジン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- BRING THE SOUL: THE MOVIE — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- BTS公式プロフィール(デビュー時期・メンバー・生年月日)BIGHIT MUSIC/公式一次情報/確認日 2026-10-08
- JIN『Echo』公式作品紹介BIGHIT MUSIC/公式一次情報/確認日 2026-10-08
- The Triumph of BTS(メンバー・関係者インタビュー)Rolling Stone/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
- JIN、tvN『ユ・クイズ ON THE BLOCK』でスカウトの逸話を公開マネートゥデイ/参考出典/確認日 2026-10-08
- JIN「ビルボード1位の後に燃え尽き」…誕生日に「Abyss」公開聯合ニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- JIN、ソロシングル『The Astronaut』発表…コールドプレイと協業聯合ニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- JIN、メンバーに祝われ除隊…RMはサックス演奏ニューシス/参考出典/確認日 2026-10-08
- JIN除隊後インタビュー(軍生活とBTS FESTA)Weverse Magazine/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
- BTS' Jin carries Paris Olympics torchYonhap News Agency/参考出典/確認日 2026-10-08
- JINソロアルバム『Happy』レビューWeverse Magazine/公式一次情報/確認日 2026-10-08
- JIN、6月に高陽で初のソロファンコンサートツアー開始聯合ニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- BTS「ARIRANG」ワールドツアー・メンバーインタビューWeverse Magazine/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08