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ジュ・ヒョン

주현Joo Hyun
俳優・女優

1941年生まれのベテラン俳優。陸軍将校出身という異色の経歴を持ち、1969年にKBSの特別採用タレントとしてデビューした。歴史劇の英雄から下町の父親役まで演じ分け、『ソウルトゥッペギ』の方言で一世を風靡した。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

将校から俳優へ

本名はチュ・イルチュン。1941年3月1日、現在の北朝鮮・両江道恵山にあたる地域で生まれた。培明高校を経て建国大学で政治外交学を学び、ROTC(学軍士官)5期として任官、前線のGP長を務めた。1968年の青瓦台襲撃未遂事件の前後で、後年「真っ先に死ぬと思った」と振り返っている。除隊後、KBSがベトナム戦争を描いたドキュメンタリードラマを制作した際、軍事指導の助言役として現場に入った。中隊長役の俳優が現れず急きょ代役を務めたところ、その演技が局幹部の目に留まり、1969年に特別採用タレントとなった。

活動の歩み

英雄役から国民の父親へ

初主演作『사랑의 훈장(愛の勲章)』では役が途中で死んだが、視聴者の要望で回想シーンに再登場した。1970年代は『壬辰倭乱』の李舜臣や『姜邯贊』の題名役など、歴史劇の主役を多く担った。1990年代には『黎明の瞳』のム・ジョン、『第4共和国』の金日成といった実在人物も演じている。一方で1990年の『서울뚝배기(ソウルトゥッペギ)』では独特の方言が流行し、1991年の百想芸術大賞人気賞を受賞。以後は温かい父親像が定着し、『ホジュン 宮廷医官への道』の主人公の父親役も務めた。映画では2004年の『家族』で主演を務め、アジア太平洋映画祭の男優主演賞を受けた。

エピソード

役のために歯を抜いた

1995年のドラマ『옥이 이모(オギおばさん)』で露店の菓子売りを演じた際、人物像を際立たせるため下の歯を抜いたといい、その熱意は語り草になった。『ソウルトゥッペギ』の役柄を元にした「ヤ、イ チャシガ〜」という口調は、後輩芸人たちが好んで物まねする定番ネタとなっている。調味料「ダシダ」の専属モデルとして家庭的なイメージを強め、2011年からは入れ歯洗浄剤の広告に9年間出演した。2020年代に入ってからは出演が大きく減っている。

プロフィール

生年月日
1941年3月1日[1]
出生地
咸鏡北道[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優・女優[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2023年バレリーナAmazonで探す발레리나出演[2]

出典

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  1. ジュ・ヒョン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. バレリーナ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09