ソン・ジェホ
ソン・ジェホは平壌生まれの韓国の俳優(1937〜2020年)。声優として出発し、1970年代には映画の主演スターとして人気を集めた。晩年まで温かな父親・祖父役で愛され、方言を自在に操る名脇役として知られた。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
平壌から釜山、声優として出発
ソン・ジェホ(本名ソン・ジェオン)は1937年3月10日、平壌で生まれた。朝鮮戦争の際に家族とともに南へ逃れ、釜山に移り住んだ。東亜大学で国語国文学を学び、1959年に釜山KBSの声優としてキャリアをスタートさせる。1964年に映画『학사주점』(学士酒店)で銀幕に進出し、1967年の『싸리골의 신화』(サリゴルの神話)などを経て俳優としての地位を固めた。1968年にはKBSの特別採用タレントにも選ばれている。
活動の歩み
青春スターから国民的な父親役へ
1975年の映画『ヨンジャの全盛時代』で主人公チャンスを演じてブレイクし、実年齢より若く見える容姿もあって1970年代後半には青春スターとして主演作が相次いだ。1980年代以降はテレビにも軸足を移し、『龍の涙』『商道』『明成皇后』などの時代劇から、キム・スヒョン脚本の『拝啓、ご両親様』のような家族ドラマまで幅広く出演した。映画では『殺人の追憶』の刑事班長、『TSUNAMI-ツナミ-』『サスペクト 哀しき容疑者』『NLL-延坪海戦-』など話題作で存在感を示した。2020年11月7日、持病の悪化により83歳で死去し、同年のKBS演技大賞で特別功労賞、2021年には宝冠文化勲章が追贈された。
エピソード
方言の名手と射撃の腕前
方言演技の巧みさは業界で有名だった。『殺人の追憶』の班長は本来標準語の人物だったが、より印象を強めるため本人がポン・ジュノ監督に釜山方言への変更を提案したという。故郷の平壌言葉も自然で、脱北者が本物だと太鼓判を押したほどだった。また射撃の腕前も一流で、1985年の大会で団体金メダルを獲得し、国際射撃連盟の審判資格を取り、1986年アジア大会や1988年ソウル五輪では射撃競技の審判も務めた。朴正煕元大統領を敬愛していたことで知られるが、10・26事件を風刺した『ユゴ 大統領有故』では大統領役を引き受けた。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
- 2017年길出演[2]
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- ソン・ジェホ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 길 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09