ナ・ムニ
1941年生まれの女優。1961年にMBCラジオの声優として出発し、長い脇役時代を経て50代で頭角を現した。『思いっきりハイキック!』の「カボチャ・サツマイモ」で国民的人気を得て、70代で主演した『アイ・キャン・スピーク』では韓国三大映画賞の主演女優賞を独占した。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
北京生まれ、声優から俳優へ
1941年11月30日、両親が中国に渡っていた時期に北平(現在の北京)で生まれた。このため華僑ではないかという噂も立ったが、本人は5歳まで北京で過ごし、解放の年に帰国した韓国人である。家の出は京畿道水原で、「羅家の金持ち」と言えば地元で通じるほどの名家だったとされ、韓国初の女性洋画家として知られる羅蕙錫(ナ・ヘソク)は大叔母にあたる。本来の姓は「ラ(羅)」だが、行政上の慣例で「ナ」と登録され、そのまま芸名にもなった。1961年、MBCラジオの公募声優1期生として芸能界に入り、外国映画の吹き替えを多く担当してマリリン・モンローの専属声優も務めた。テレビ放送が始まって俳優の需要が増えると、多くの声優仲間と同様にドラマや舞台へ活動の場を移していった。
活動の歩み
30年の脇役時代と50代の開花
俳優に転じてからの道のりは平坦ではなかった。1976年の日日連続劇『여고 동창생(女高同窓生)』で初めてドラマに出て以降、母親や喫茶店のマダム、酒場の女主人など、ほかの俳優が敬遠しがちな役を引き受けながら長く日の当たらない時期を過ごした。転機は54歳の1995年、KBSドラマ『바람은 불어도(風は吹いても)』で北朝鮮なまりを話す80代の老婆を演じたことだ。近所に住む北出身の女性から教わったなまりが評判を呼び、この役で俳優人生初のトロフィーとなるKBS演技大賞の大賞を受けた。その後は脚本家ノ・ヒギョンの作品群に加わり、単発ドラマ『세상에서 가장 아름다운 이별(この世で最も美しい別れ)』の母親役は今も名演として語られる。『私の名前はキム・サムスン』の財閥会長、映画『光州5・18』の盲目の母など、出番の量にかかわらず強い印象を残す役が続いた。
「カボチャ・サツマイモ」と三冠
若い世代にまで名前を広めたのが、2006〜07年のシットコム『思いっきりハイキック!』である。本人と同じ名前の役で叫んだ「カボチャ・サツマイモ」の台詞は、20年近くたった今もネット上でミームとして使われている。2014年には映画『怪しい彼女』で主人公オ・マルスンを演じ、860万人超の観客を集めた。2017年の『アイ・キャン・スピーク』では、旧日本軍慰安婦被害者である主人公オクブンを演じ、約328万人を動員。青龍映画賞、百想芸術大賞、大鐘賞の主演女優賞をすべて受け、1本の映画で韓国三大映画賞の主演女優賞を制した初の女優となった。その後も『正直政治家 チュ・サンスク』(2020年)、『オ!ムニ』(2020年)、安重根の母チョ・マリアを演じた『英雄』(2022年)に出演し、2024年にはキム・ヨンオクと共演した『最後のピクニック』で故郷へ向かう老女ウンシムを演じた。
エピソード
現場と私生活の素顔
『英雄』のユン・ジェギュン監督は、チョ・マリア役には最初から彼女しか考えておらず、脚本を送った翌日に電話で出演の返事が来たと明かしている。安重根の映画が作られるなら母親役を演じたいと以前から思っていたのだという。『最後のピクニック』の撮影中、長年連れ添った夫は病床にあり、2023年に亡くなった。また、50歳になるまでエスカレーターに乗るのが怖く、親友キム・ヨンオクと百貨店へ出かけたのをきっかけに克服した、という話を2019年にKBS『ハッピートゥゲザー4』で披露し、キム・ヨンオクの荒っぽい励ましで乗れるようになったと笑いを誘った。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- ナ・ムニ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- アイ・キャン・スピーク — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 英雄 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 正直政治家 チュ・サンスク — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- オ!ムニ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 最後のピクニック — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09