パク・ギュリ
KARAのリーダーとして2007年にデビューした歌手・女優である。声優の母を持ち、幼少期から子役として活動した。ラジオDJや日本での大ブレイクを経て女優業にも進み、2022年のKARA再始動以降は日本の舞台にも活動の場を広げている。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
声優の母と子役時代
パク・ギュリは1988年5月21日、ソウル・恩平区で生まれた。母は声優のパク・ソヒョンで、アニメ『ふしぎの海のナディア』韓国語版でナディアの声を担当したことで知られる。芸能の世界は幼いころから身近にあり、1994〜1995年ごろにはMBCのバラエティ『오늘은 좋은 날』(今日はいい日)内のドラマコーナーで子役デビューした。2001年にはSBSの時代劇『女人天下』で子ども時代の役を演じるなど、10代前半までに複数の作品に出演している。母譲りの声質は後年の活動でも武器となり、ものまねを披露したり、ケーブル局の番組でナレーターを務めたりする場面でも、その素質が生かされている。
幻のデビューからKARAへ
芸能事務所に所属したのは中学1年のときである。当初は大手のSMエンターテインメントで、歌手ダナとのデュオとして世に出る計画もあったが、この話は立ち消えになった。その後は安養芸術高校、同徳女子大学へと進み、演技と歌の両方の素養を積んでいく。転機は2007年3月、DSPメディアが送り出したガールズグループKARAのメンバーとしての再デビューだった。子役出身のキャリアを持つ彼女はリーダーを任され、メンバーの入れ替えを経ながらもグループの顔として活動を続けることになる。
活動の歩み
ラジオで築いた好感度
KARAの初期、ギュリは「女神」コンセプトで売り出されたが、それが高慢なイメージにつながり反感を買うこともあった。印象を変えたのがラジオである。2009年秋ごろから各局の番組にコーナーゲストとして相次いで出演し、同年10月には『無限挑戦』のロケで不在だったパク・ミョンスに代わり、MBC『2時のデート』の代打DJを務めた。2010年5月にはMBCの深夜番組『シンドン、パク・ギュリのシムシムタパ』で正式なDJに就任する。生放送で見せた気さくで面倒見のよい素顔はリスナーの評価を一変させたが、日本活動とミュージカルの稽古が重なって欠席が増え、2011年10月に番組を降板した。
日本での成功と分裂危機
KARAは2010年にシングル『ミスター』で日本デビューを果たし、腰を振る「ヒップダンス」が社会現象となって、K-POPガールズグループ人気の先頭に立った。翌2011年には、日本でも上演されたミュージカル『美女はつらいの』で主人公役をバダとダブルキャストで務めている。一方で同年1月、ギュリを除く4人が所属事務所に専属契約の解除を通告する騒動が起き、グループは解散の危機に陥った。ギュリはこの通告に加わらず事務所側にとどまり、最終的に双方が合意して活動は継続された。リーダーとしての立場の難しさが表面化した出来事として、今も語られることが多い。
女優業への本格転身
大人になってからの本格的な演技は、2013年のMBC QueeNドラマ『ネイルショップ・パリス』が最初である。男性のふりをして就職するヒロインを演じ、短髪はウィッグで再現した。2015年には映画『거꾸로 가까이, 돌아서』(逆さまに、近くに、振り返って)に出演し、同作は釜山国際映画祭のパノラマ部門に招待された。2016年1月にKARAがDSPメディアとの契約満了を迎えてグループ活動が事実上止まると、女優としての仕事に軸足を移す。2017年にはKBS1の連続ドラマ『恋の花が咲きました』で、大企業のプログラマーから特別採用された交番勤務の警察官チャン・ウンジュを演じ、毎日の茶の間に顔を見せた。
再始動と日本の舞台へ
2022年11月、KARAはデビュー15周年を記念するアルバム『MOVE AGAIN』を発表し、ギュリ、ハン・スンヨン、ニコル、カン・ジヨン、ホ・ヨンジの5人で7年ぶりに完全体の活動を再開した。久々のステージは日韓のファンに歓迎され、以後もグループとしての活動が続いている。ソロでは日本の舞台にも挑み、2025年12月に大阪で上演されるミュージカル版『愛の不時着』の日本公演で、ドラマではソ・ジヘが演じたソ・ダン役をソン・ミンジェとのダブルキャストで務めることが同年秋に発表された。子役、アイドル、女優を経て、舞台へと表現の場を広げ続けている。
エピソード
母子共演で見せた声の芝居
吹き替えの現場では、声優一家に育った強みがはっきり表れた。2010年末公開の3Dアニメ映画『アルファ&オメガ』の韓国語版では、ファンばかりか録音に関わったスタッフからも出来ばえを褒められている。KARAを題材にしたアニメで自分自身の声を当てたときは、共演者の中に母パク・ソヒョンの名前があった。母が演じたのは博士役で、劇中には、しつこく質問するギュリに博士が「うちの娘みたいに根掘り葉掘り聞くのね」とぼやき、ギュリが母親のように小言ばかりだと言い返す場面まで用意され、2人の関係を知るファンを喜ばせた。さかのぼれば幼少期にも母娘でデュエット盤を出す構想があったが、計画が変わり、実際の録音の相手はコメディエンヌのペ・ヨンジョンになったという。
ク・ハラの死と心の傷
華やかなリーダーとして知られる彼女が、心の内を率直に語ったことがある。精神科医オ・ウニョンが相談に乗るチャンネルA『오은영의 금쪽 상담소』(オ・ウニョンのクムチョク相談所)に出演した際、2019年11月にかつてのメンバー、ク・ハラを亡くしてから、自死を考えるほどの重い抑うつに苦しんだと打ち明けたのである。同じ放送では、母親との関係がぎこちなくなっていた時期があったことにも触れた。現在は両親との関係も持ち直し、祝日には実家に顔を出し、愛犬を預けることもあるという。笑顔の裏にあった苦しみを隠さず語った姿には、多くの共感が寄せられた。
骨折手術と広がった噂
2024年7月、所属事務所は、ギュリが私的な日程の最中に頬骨と眼窩を骨折し、手術を受けて回復に専念すると発表した。休養中には、顔立ちの変化をめぐって整形説や交際相手からの暴力を疑う噂がネット上で広まったが、事務所は転倒による事故であり暴行などは事実ではないと否定し、悪質な書き込みには法的措置を取る姿勢を示した。本人も、けがをした人に向けられる心ない言葉への戸惑いをにじませている。8月初めにはSBSラジオ『ヤングストリート』のスペシャルDJとして仕事に戻り、応援してくれたファンへの感謝を伝えた。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- パク・ギュリ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 恋の花が咲きました — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08