チョン・ニコル
チョン・ニコルは1991年アメリカ・カリフォルニア州生まれの韓国系アメリカ人歌手。2007年にKARAのメンバーとしてデビューし、「ミスター」のヒップダンスで日韓に旋風を起こした。2014年に脱退してソロへ転じ、2022年の15周年アルバムで再びKARAに合流した。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
オーディション動画から始まった韓国行き
ニコル(本名チョン・ヨンジュ)は1991年10月7日、アメリカ・カリフォルニア州グレンデール出身の韓国系アメリカ人2世である。学業成績は学年トップを争うほど優秀だったが、歌手になる夢を捨てきれなかった。転機は、Ivyやブラック・アイド・ピーズの曲を歌う自分の映像をDSPメディアに送ったことだった。これがきっかけで声がかかり、母親とともに韓国へ移って練習生生活を始める。言葉も文化も勝手の違う環境で苦労を重ねながら、2007年にガールズグループKARAの一員としてデビューを果たした。アメリカでの安定した進路と引き換えに、異国で一から夢を追う決断をしたことになる。
活動の歩み
KARAの躍進と「KARA騒動」
KARAは2009年のアルバム『REVOLUTION』のタイトル曲「ミスター」で、腰を振る「ヒップダンス」が爆発的に話題となり、一気にトップグループの仲間入りを果たした。2010年には日本で正式デビューし、日本語版「ミスター」のステージがここでも大反響を呼んで、K-POPガールズグループの日本進出を代表する存在になる。ニコルはダンスとラップ、英語力でグループを支えた。一方、2011年1月にはニコルを含む3人のメンバーが所属事務所DSPメディアに専属契約の解除を通告し、管理体制や信頼関係への不満を訴えた。「KARA騒動」と呼ばれたこの対立は大きな社会的関心を集め、最終的にはグループ活動を続ける形で収束した。
脱退、ソロ活動、そして再合流
2014年1月、DSPとの専属契約満了に伴いニコルはKARAを離れた。同年11月にはイ・ヒョリらが所属していたB2Mエンターテインメントと契約し、初のソロミニアルバム『First Romance』とタイトル曲「MAMA」でソロデビューを果たす。以降は日本を中心に海外での活動に比重を置いた。2022年、KARAのデビュー15周年を記念するスペシャルアルバム『MOVE AGAIN』でメンバーと再集結し、久々の完全体ステージを披露した。2024年5月には中国のリアリティ番組『乗風破浪的姐姐』シーズン5の撮影中にリレー競技で転倒してあごを切り、救急搬送されて縫合を受けたが、マスク姿で撮影を続けたことが報じられた。
エピソード
後輩たちとつないだ「Pretty Girl」
2022年の再集結は、単なる記念企画にとどまらなかった。活動期間中、メンバーたちは故ク・ハラへの思いを隠さず語り、長い空白を越えて結ばれ続けてきた友情がファンの胸を打った。ソロ転向後に別々の道を歩んでいたニコルがデビュー当初からのメンバーとして戻ってきたことは、グループの絆を象徴する出来事として受け止められた。2026年7月には新人ガールズグループRESCENEとともに、KARAの代表曲「Pretty Girl」を共に歌う世代をつなぐコラボレーションに参加し、「RESCENEの6人目のメンバーになった」と話題を呼んだ。テレビ出演が減った時期にもSNSや配信でファンと交流を続けており、自分のペースで活動を選ぶ姿勢が今の彼女のスタイルになっている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- チョン・ニコル — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 君の声を聴かせて — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09