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ハン・スンヨン

한승연Han Seung-yeon
KARA歌手俳優・女優

ハン・スンヨンは1988年ソウル生まれの歌手・俳優で、KARAのメンバーである。無名時代のグループをバラエティで支え、日本での大ブレイクも経験した。2016年以降は『青春時代』などで俳優としての地位も築き、2022年の再結成後もKARAとして活動している。

更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

子役からアメリカ留学へ

ハン・スンヨンは1988年7月24日、ソウルに生まれた。芸能界との関わりは早く、1990年代には『별은 내 가슴에(星は僕の胸に)』などのドラマに子役として端役で出演している。中学2年の途中でアメリカ・ニュージャージーへ留学し、現地の高校では成績優秀で、医師を志した時期もあったと伝えられる。一方で歌手への憧れも捨てきれなかった。留学中は一日の半分を歌の練習に、残りをアニメ鑑賞に充てていたと本人は振り返っており、この時に耳が慣れたことが後の日本語習得に役立ったという。中学・高校とも中退し、検定試験で卒業資格を得た。

ダンス教室からKARAへ

帰国後はいくつもの芸能事務所のオーディションを受けてデビューの機会を探し、DSPメディアではオーディション直後に契約を持ちかけられて練習生となった。幼い頃からgodの熱烈なファンで、ファンクラブの活動に打ち込むほどだったことも、歌手を目指す原動力になった。2007年3月29日、KARAの1stアルバム『Blooming』でデビューした。慶熙大学の演劇映画学科にも籍を置き、休学と復学を挟みながら学業との両立を試みた時期もある。デビュー当初の彼女は歌唱力よりも童顔と目元の笑顔が武器のビジュアル担当だった。

活動の歩み

グループを支えた「生計型アイドル」

デビュー直後のKARAは少女時代やWonder Girlsの陰に隠れ、1stアルバムの活動は振るわなかった。メンバーの脱退も重なり、グループが休業状態に近い中で、彼女はひとりでバラエティに出続けた。ゲーム専門チャンネルのスタークラフト中継番組、2008年から約1年務めた『少年少女歌謡白書』の司会、2009年から約1年間固定出演したクイズ番組『六感対決』と、休む間もなく出演を重ね、「生計型アイドル」と呼ばれた。新メンバー2人を迎えた後は、リードボーカルとしてグループの歌を支えた。

日本でのブームと契約紛争

2010年8月、KARAはシングル『ミスター』で日本デビューを果たし、一大ブームを巻き起こした。メンバーの中で最も日本語が堪能だった彼女は、現地の番組でも通訳なしで会話をこなした。ところが2011年1月、彼女はニコル、カン・ジヨンとともにDSPメディアへ専属契約の解除を通告し、グループは解散の危機に陥る。約100日後の同年4月、双方が合意に達して3人は復帰し、5人体制の活動が再開された。2012年には全員がソロ曲を発表した企画盤で、作詞に参加したハードロック調の『Guilty』を歌い、同年12月の『ショー!音楽中心』で初のソロステージを披露した。

俳優として歩んだ十年

2013年のSBS時代劇『チャン・オクチョン』では淑嬪崔氏を演じたが、演技への評価は賛否が分かれた。転機は2016年1月にDSPとの契約を終え、俳優中心の事務所に移ってからである。同年7月に始まったJTBC『青春時代』で、ちゃっかり者で憎まれ役の女子大生チョン・イェウンを巧みに演じて好評を得て、2017年のシーズン2では事件を経て影を帯びた同じ役を演じ分けた。その後もチャンネルA『열두밤(十二夜)』(2018年)の主演、独立映画『ショー・ミー・ザ・ゴースト』(2021年)などを重ね、2023年7月公開の『빈틈없는 사이(すき間のない関係)』で初めて商業映画の主演を務めた。2025年にはTVINGの時代劇ロマンス『春花恋愛談』で名家の令嬢イ・ジウォンを演じている。

再結成と現在

ソロ歌手としても2016年7月に初のシングル『그 앤 나』を発表し、日本ではミニアルバム『宇宙』(2017年)などをリリースした。2022年11月、KARAはデビュー15周年記念アルバム『MOVE AGAIN』で再始動し、2024年7月にも『Hello』『I Do I Do』を発表した。個人の所属先は2020年からのYG系列レーベルYGXを経て、2025年4月に新レーベルのアエルエンターテインメント(AER)へ移った。2026年8月、ファンイベントで手が震える様子が話題になると、事務所は首のヘルニア(頸椎椎間板ヘルニア)の悪化によるもので、治療中だがほかに異常はないと説明した。

エピソード

「ビビン麺」の夜と度胸の一言

無名時代の悔しさを象徴するのが、2009年のインタビューで明かした話である。デビューした2007年の年末、授賞式をテレビで見ながらビビン麺を2つ作って食べ、涙を流したという。この話が広まり、「ビビン麺」は年末の授賞式や歌謡祭に呼ばれないアイドルを指す隠語になった。地上波で初めて「KARA」の名前が出たのも彼女の機転からだった。2007年、SBSの料理対決番組『味対味』で罰ゲームを受けることになると、隣にいた大先輩の俳優チョ・ヒョンギに一緒にやろうと思い切って声をかけ、「怖い新人だな、KARAと言ったか、覚えておく」と返されたという。

転んでも、腕を痛めても

2010年3月6日、音楽番組『ショー!音楽中心』のステージで振り付けで足を取られ、両手をついて派手に転倒した。すぐに立ち上がって歌い切ったが、舞台を降りてから泣いたといい、「コケスンヨン」というあだ名がついた。その約1か月後には撮影中の事故で腕を痛めたが、4月15日の『ルパン』最後のステージにはどうしても出たいと、ギプス姿で登場した。KARAのコンサートツアー名「KARASIA」を考えたのも彼女である。

アニメ好きと家での時間

アニメ好きを公言しており、日本の声優の名前を挙げて「オタク」ぶりを自認したこともある。電子機器にも目がなく、ノートパソコンを何台も持っていると話した。休日は家で過ごすことが多い自称「家好き」で、パン作りやコーヒーなどの趣味をSNSで紹介し、2016年にはバリスタの資格も取得した。同い年で2か月だけ年上のリーダー、パク・ギュリには口では勝てたことがないと話している。

プロフィール

生年月日
1988年7月24日[1]
出生地
ソウル特別市[1]
国籍
韓国[1]
職業
歌手 / 俳優[1]
関連グループ
KARA[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2018年恋する十二夜 キミとボクの8年間Amazonで探す열두밤出演[2]
  2. 2017年青春時代2Amazonで探す청춘시대 2出演[3]
  3. 2018年アバウトタイム〜止めたい時間〜Amazonで探す멈추고 싶은 순간 : 어바웃 타임出演[4]

出典

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  1. ハン・スンヨン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  2. 恋する十二夜 キミとボクの8年間 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  3. 青春時代2 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  4. アバウトタイム〜止めたい時間〜 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08