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パク・シヨン

박시연Park Si-yeon
俳優・女優

パク・シヨンは1979年釜山生まれの女優である。童謡大会で鳴らした少女時代を経てミスコリアから芸能界入りし、『マイ・ガール』や映画『九尾狐家族』で注目された。2013年のプロポフォール事件、2021年の飲酒運転事故で大きな批判を浴び、活動は事実上止まっている。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

童謡大会の常連だった少女

釜山の出身で、幼い頃から歌で知られた子どもだった。1989年にMBC創作童謡祭に出場したのを皮切りに、KBSの全国子ども童謡大会では地区予選を勝ち上がって年末決選で優秀賞を受け、翌1990年のKBS創作童謡大会では『絵を描きたい日』を歌って最優秀賞を受けている。翌年にはユニセフ主催の国際子ども音楽祭の韓国予選にも出るなど、歌の舞台を数多く踏んだ。高校卒業後は米国の大学で放送やマスコミュニケーションを学んだ。

母の勧めでミスコリアへ

芸能界入りの直接のきっかけは、ミスコリア江原の「真」に選ばれた経歴を持つ母親の勧めだった。2000年のミスコリア・ソウル大会で「美」に輝いて本選に進み、協賛社賞を受賞。2004年に中国ドラマ『汗血宝馬』(原題)で俳優としてデビューした。

活動の歩み

『マイ・ガール』で新人賞

韓国での知名度は当初高くなかったが、2005年に化粧品ブランドの広告モデルに起用され、SBSドラマ『マイ・ガール』で注目され、2006年のSBS演技大賞ニュースター賞につなげて流れが変わった。SHINHWAのエリックとの交際が報じられて話題が一気に広がり、2人は2006年末頃に別れたと伝えられている。映画では2006年の『九尾狐家族』で百想芸術大賞の映画部門新人演技賞を、2007年の『愛』(原題:사랑)で韓国映画評論家協会賞の新人女優賞を手にし、『ダチマワ・リ』や『マリン・ボーイ』、2012年の『간기남(姦通を待つ男)』と主演級の出演が続いた。ドラマでも『コーヒーハウス』や『優しい男』などに出演している。

二つの事件とその後

2013年、プロポフォールの常習投与の疑いで在宅起訴された。本人側は腰の治療目的だと主張し、裁判では担当医が大腿骨頭の無血性壊死の治療だったと証言したが、同年11月に懲役8か月・執行猶予2年の判決を受け、地上波局の出演停止名簿にも載った。2014年のTV朝鮮『最高の結婚』で復帰し、2018年の『先にキスからしましょうか?』、2020年の『花様年華~君といた季節~』などで再び姿を見せたが、2021年1月にソウル・蚕室で飲酒運転による追突事故を起こし、一審で罰金1,200万ウォンを言い渡された。2022年に新事務所と契約し、翌年には映画での復帰も伝えられたが実現せず、事務所との契約も終了。その後はベトナムと韓国を行き来しながら2人の娘を育てていると伝えられている。

エピソード

結婚と2人の娘

2011年11月に一般人の男性と結婚し、2013年と2015年に娘を出産した。2016年に離婚の手続きを進めていることが明らかになり、その後離婚が成立した。2人の娘の親権は本人が持つことになった。バラエティでは『家族が来た』(原題:패밀리가 떴다)などに出演し、美貌に似合わない飾らない性格で女性からの好感度も高かった。

パク・ヨンハとの友情

故パク・ヨンハとは親しい間柄で、2009年にはパク・ヒョシンの『愛した後に』のミュージックビデオで共演した。パク・ヨンハの死後には、彼が生前にアフリカ・チャドに設立した学校の校歌づくりにも参加しており、友人の遺志に寄り添った出来事として知られている。

プロフィール

生年月日
1979年3月29日[1]
出生地
釜山広域市[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優・女優[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2018年先にキスからしましょうか?〜ロマンスは必然に〜Amazonで探す키스 먼저 할까요出演[2]

出典

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  1. パク・シヨン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. 先にキスからしましょうか?〜ロマンスは必然に〜 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09