キム・ワンソン
キム・ワンソンは1986年に17歳でデビューし、激しいダンスと強烈なビジュアルで韓国の女性ダンス歌手像を切り開いた歌手である。台湾での成功や長い空白を経て、現在も自ら制作する新曲と公演を続けている。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
叔母に見いだされた少女
1969年5月16日、5人姉妹の三女として生まれた。10代前半、インスニのマネージャーを務めていた実の叔母ハン・ベッキに才能を見込まれ、インスニのバックダンサーチームで舞台経験を積んだ。バレエや器械体操、作曲家からの和声学の手ほどきまで含む約3年間の厳しい準備を経て、1986年4月に1集『오늘밤』(今夜)でデビュー。両親は娘の芸能界入りに反対していたが、父は後に、テレビで歌い踊る姿を見て見直したと語っている。
活動の歩み
ミリオンセラーと再出発
2集の「리듬 속의 그 춤을」(リズムの中のその踊りを)などでヒットを重ね、1990年の5集では「삐에로는 우릴 보고 웃지」(ピエロは僕らを見て笑う)が首位を獲得、韓国の女性ソロ歌手として初めて単一アルバム100万枚を突破した。1992年に突然引退を表明し、香港を経て台湾に拠点を移し、中国語名「金元萱」で3枚のアルバムを発表して大きな人気を得た。1998年に叔母と決別してからは空白期が続いたが、2011年のEP『Super Love』で本格復帰。2015年からはSBS『不朽の青春』で親しみやすい素顔を見せ、同年の芸能大賞で新人賞を受けた。2017年には単独コンサートを開き、ベスト盤を兼ねた10集『The Original』を発表した。2023年にはtvN『ダンス歌手流浪団』でオム・ジョンファやイ・ヒョリらと舞台に立ち、往年のヒット曲で再び注目を浴びた。
エピソード
自分で選ぶ音楽へ
全盛期は叔母の意向にすべて従う日々で、3集の頃から自分が叔母の分身になっていくようで悩み始めたと後に打ち明けている。突然の引退にも、叔母が両親に負った借金を返すため海外進出を受け入れたという事情があったという。復帰後は作詞作曲や映像制作にも乗り出し、2022年の「사과꽃」(リンゴの花)ではミュージックビデオの撮影・監督・編集からジャケット画まで自ら手がけた。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・ワンソン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- The Original — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09