オ・グァンロク
1962年釜山生まれの俳優。1982年に舞台で俳優の道に入り、2000年代以降は独特の低い声と間合いで映画・ドラマの個性派脇役として知られる。パク・チャヌク監督の「復讐三部作」すべてに顔を出した唯一の俳優でもある。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
詩人を夢見た舞台俳優
オ・グァンロクは1962年8月28日、釜山で生まれた。中学時代に国語教師の影響で詩人を志し、のちに「詩人俳優」と呼ばれる文学的な感性はこの頃に育まれたという。ソウルの永一高校で学び、大学受験の準備をしていた頃に友人が持ってきた俳優募集の広告をきっかけに演劇へ進んで、1982年の舞台『セールスマンの死』で初めて俳優として観客の前に立った。劇団「ワンジャムニ(완자무늬)」の創立メンバーとして20年近く舞台を拠点にしたのち、映画へと活動の場を広げていった。
活動の歩み
「復讐三部作」から配信ドラマまで
映画では『ワイキキ・ブラザーズ』(2001年)を経て、パク・チャヌク監督の『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』に続けて出演した。どれも短い出番だったが、強烈な印象を残した。テレビでは2007年の『太王四神記』で演じた玄古が出世作となり、以後『ヒーラー』『人間失格』などに出演。近年は Netflix『模範家族』(2022年)、Disney+『サムシクおじさん』(2024年)といった配信作品にも活躍の場を広げ、2025年にはパク監督の『어쩔수가없다』(英題『No Other Choice』)に特別出演した。
エピソード
端役でも手を抜かない
『オールド・ボーイ』では、犬を抱いて屋上から身を投げようとする男という小さな役だったが、彼は自分の役がどんな事情を抱えているのかを撮影前に何度も監督に確かめたという。どんな小さな役でも手を抜かないこの姿勢を、パク・チャヌクは著書の中で職人になぞらえている。一方、2009年には大麻使用で懲役8か月・執行猶予2年の判決を受け、控訴も棄却された。2025年にはTV朝鮮のバラエティ『아빠하고 나하고(パパと私)』で、長く疎遠になっていた息子と再会する姿を見せ、話題を集めた。
プロフィール
作品
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出典
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- オ・グァンロク — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ROAD KILL~秘めた笑顔~ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ファイター — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 模範家族 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ソウルに帰る — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09