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キム・ユンジン

김윤진Yunjin Kim
俳優・女優歌手

キム・ユンジンは韓国の俳優である。10歳で家族と米ニューヨークへ移り住み、演技を学んだ後に韓国で活動を始め、映画『シュリ』で広く知られた。2004年からは米ABCドラマ『LOST』に出演し、韓米両国で活躍している。[4][6]

更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-08

生い立ちとデビューまで

言葉を失った移民の少女

キム・ユンジンは1973年にソウルで生まれた。三姉妹の末っ子で、娘たちによりよい教育環境を与えたいと考えた両親とともに、10歳のときニューヨーク州スタテンアイランドへ移住した。英語が話せないまま始まった新生活はつらく、のちに著書では、10歳から突然口のきけない人になったようだった、どこへ行っても自分はよそ者だったと書いている。内気な性格を変えようと選んだのが舞台で、7年生のときの芝居『マイ・ファースト・レディ』が初舞台だった。自分の声や訛りは大嫌いだったが、舞台に立つと気持ちが落ち着いたと語っている。[5][4][3]

ラガーディア芸術高校から韓国へ

教師たちの後押しもあり、マンハッタンのラガーディア芸術高校に進学した。スタテンアイランドの自宅から学校までは片道2時間かかり、毎朝5時に起きて通い、放課後はダンスや演劇の練習、テコンドーに励み、宿題は帰りのフェリーで片付けたという。その後ボストン大学に4年間奨学生として通った。卒業後はニューヨークで劇団やオフ・ブロードウェイの舞台に立っていたが、現地ロケ中だった韓国ミニシリーズの制作陣の目に留まり、流暢な韓国語でオーディションを受けて起用された。これが韓国芸能界との縁の始まりである。[5][3][4]

活動の歩み

『シュリ』と韓国映画での飛躍

韓国では1997年の映画『ウィンディ・シティ』を皮切りに活動を始め、1999年のカン・ジェギュ監督作『シュリ』で二つの顔を持つ暗殺者ヒを演じ、一躍注目を集めた。同作は当時の韓国映画の興行記録を塗り替え、2002年には米国の6都市でも同時公開されている。その後も『燃ゆる月』(2000年)、『アイアン・パーム』『イエスタデイ』(2002年)などに出演し、2002年の『密愛』で青龍映画賞主演女優賞を受賞した。日韓合作の『RUSH!』(2001年、瀬々敬久監督)にも主演しており、2002年1月には韓国政府からワールドカップの親善大使にも任命された。[6][3][4]

31歳の再出発と『LOST』

幼い頃からの夢は米国で俳優として活動することだった。韓国でトップ女優の地位を得た後の2003年、彼女は活動の場を米国へ移し、ウィリアム・モリス・エージェンシーと3年の専属契約を結ぶ。31歳での再出発で、自分の出演作をまとめたデモテープを手にエージェンシーを回ったという。2004年に始まったABCのドラマ『LOST』でクォン・ソナ(サン)を演じ、韓国の俳優が米国ドラマで主演級を務めた初めての例となった。シリーズが終わる2010年まで出演し、その後は『ミストレス』にも続けて出演している。[6][5]

韓米を行き来する活動

米国での活動と並行して韓国映画にも出演を続けた。2007年の『セブンデイズ』では娘を救うために奔走する弁護士を、2012年の『이웃사람(隣人)』では娘を失った母親を演じ、2014年の『国際市場で逢いましょう』、2017年のミステリー『시간위의 집(時間の上の家)』にも出演している。2022年には『ペーパー・ハウス・コリア: 統一通貨を奪え』に名を連ね、韓国でオールロケを行ったNetflixの米国ドラマ『XO、キティ』にもときどき登場する役で出演した。2024年2月7日公開の映画『ドッグデイズ』では、俳優としてだけでなく共同製作者としても参加している。[6][2][8]

エピソード

脚本になかったサン役

『LOST』のサンは、もともと脚本に存在しない役だった。オーディションでキム・ユンジンを見た制作側が、彼女のために新たに役を書き起こしたのである。さらに、当初英語で書かれていた場面の一部が本人の提案で韓国語に変わり、サンと夫ジンの物語が中心になる回では韓国語の台詞が英語より多くなった。本人は、米国ドラマで台詞全体の半分を外国語、それも韓国語が占めたのは初めてだと語っている。韓国の俳優として初めてゴールデングローブ賞の授賞式に招かれた際には、世界的なデザイナーから衣装提供の申し出があったものの、韓国人デザイナーのドレスを選んだ。[5]

ペンダントの誓いと挫折

米国行きを決めたきっかけは、青龍映画賞を受けた年の冬、引き出しから見つけたペンダントだった。そこには「3年、頂点、そしてお金」という1999年11月3日付の目標が刻まれており、目標を果たした今こそ次へ進むべきだと感じたという。一方で、『グリーンフィッシュ』に感銘を受けてイ・チャンドン監督の次回作『ペパーミント・キャンディー』への出演を望んだときは、韓国的な雰囲気がないと断られた。韓国人でも米国人でもない自分に悩んだが、韓国と米国の観客を同時に泣かせられる唯一の俳優だという友人の一言で迷いが晴れたと明かしている。[5]

キャメロン監督と『シュリ』

『シュリ』にまつわる逸話もある。ジェームズ・キャメロン監督は『シュリ』のDVDを持参して彼女にサインを求め、『タイタニック』が世界中でヒットするなか、韓国でだけ興行1位を逃し、その相手が『シュリ』だったと話したという。もっとも本人は2017年の取材で、新人の自分が『シュリ』に起用されたのはあり得ない状況だったと振り返り、当時は「とても恥ずかしい演技」を見せたので、今はもう少しましになったところを見せたいと、ハン・ソッキュやチェ・ミンシク、ソン・ガンホとの再共演を望んでいた。[5][6]

機内で泣いた映画を製作

『ドッグデイズ』は、愛犬を亡くした直後に機内で何気なく見た米国の原作映画がきっかけだった。涙が止まらず化粧室で気持ちを落ち着けたほどで、その後米国のエージェンシーを通じて原作側と会い、版権の購入から公開まで4年をかけた。製作がこれほど難しいとは思わず、俳優だけをしていたのは楽な選択だったと改めて感じたと笑う。撮影現場にはあえて足を運ばなかったという。「ワールドスター」という呼び名については、BLACKPINKやBTSくらいでなければ名乗れないと謙遜し、今は海外で「韓国の方ですか」と先に聞かれるようになったと20年前との違いを語った。[7][8]

プロフィール

生年月日
1973年11月7日[1]
出生地
ソウル特別市[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優 / 歌手[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2022年ペーパー・ハウス・コリア: 統一通貨を奪えAmazonで探す종이의 집: 공동경제구역出演[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. キム・ユンジン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  2. ペーパー・ハウス・コリア: 統一通貨を奪え — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  3. Yunjin Kim - Actress(経歴紹介)TV Insider/参考出典/確認日 2026-10-08
  4. ラガーディア芸術高出身のキム・ユンジン、『シュリ』でニューヨークに錦を飾るコリア・デイリー(中央日報米国版)/参考出典/確認日 2026-10-08
  5. ワールドスター キム・ユンジン(エッセイ出版と『セブンデイズ』撮影時のメールインタビュー)月刊トップクラス(朝鮮日報)/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
  6. [インタビュー]キム・ユンジン「新人のとき出会った『シュリ』のハン・ソッキュは大スターだった」スポーツ朝鮮/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
  7. キム・ユンジン、俳優から製作者へ(『ドッグデイズ』インタビュー)韓国日報/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
  8. キム・ユンジン「ワールドスターの肩書きは照れくさい…Kコンテンツの地位の変化がうらやましくもある」イーデイリー/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08