イ・ミヌ
全羅北道南原出身の歌手・俳優。1998年に神話のメンバーとしてデビューし、メインダンサー兼振付の中心としてグループの舞台を作ってきた。2003年からは「M」名義でソロでも活動し、近年は画家としても作品を発表している。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
ダンスで生計を立てた少年時代
全羅北道南原の生まれで、2男1女の末っ子である。父が人の借金の保証を引き受けたことで家計が傾き、母が4坪ほどの小さな美容室を切り盛りする一方、家族は3坪の部屋で暮らした。小学生の頃には家に差し押さえの札が何度も貼られ、押しかけた人々の前で母が泣いていた光景を今も覚えているとテレビで語っている。高校からは全州の学校に通って親元を離れ、自ら結成したダンスチームの公演で生活費を稼いだ。全州では名の知れた踊り手で、その評判がSMエンターテインメントに届いてスカウトされ、神話の練習生に加わった。両親に楽をさせたい、田舎出身だと見下されたくないという思いが原動力になったという。
活動の歩み
神話の振付を担う「M」
1998年3月に神話としてデビューした。メインダンサーとして、またグループの振付制作の中心として活躍し、負傷したシン・ヘソンのために即興で考えた「Wild Eyes」の椅子ダンスや、スタンドマイクを使った「Perfect Man」など、代表的なパフォーマンスの多くに関わっている。2000年代初めには「クールウォーター」のイメージで10代の女性ファンから絶大な人気を集めた。2003年にはメンバーで最初のソロ歌手として「M」名義の1集『Un-Touch-Able』を発表し、2005年の「Bump!!!」で音楽番組1位を獲得。演技ではシットコム『ノンストップ5』に出演し、映画『원탁의 천사(円卓の天使)』では主演も務めた。
プロデューサー、そしてアーティストへ
神話の活動再開後は、エリックとともに神話カンパニーの共同代表を務め、10集以降はアルバムのプロデュースとディレクションも担っている。2022年にはキム・ドンワン、チョンジンとのユニット神話WDJで活動した。2023年にはソロデビュー20周年の記念公演を開き、2024年にはデビュー後初の演劇『レ・ミゼラブル』でマリウスを演じている。近年は絵画にも取り組み、2024年にニューヨークのグループ展へ作品を出したほか、2025年にはソウル・蚕室での企画展参加に続いて初の個展も開くなど、「アーテイナー」として活動の幅を広げている。
エピソード
憧れの踊り手と人情家の顔
タンブリングの練習で腰を痛め、ひき逃げ事故にも遭うなど体は満身創痍で、長く治療を続けてきたが、神話で活動する限り踊りはやめないと語ってきた。多くの後輩アイドルがダンスの手本に挙げる存在でもある。俳優チョ・スンウとのそっくりぶりも有名で、2007年の百想芸術大賞の会場のトイレで本人と鉢合わせし、互いに「似ているか?」という顔で見つめ合ったと笑いながら振り返っている。
疑惑、詐欺被害、そして結婚
2019年6月、酒席で女性に強制わいせつをした疑いで立件されたと報じられたが、のちに嫌疑なしの処分となった。その後、長年の知人だった放送作家から、捜査に手を回すなどの名目で20億ウォンを超える金をだまし取られていたことが明らかになり、相手は詐欺などの罪で実刑判決を受け、民事でも約24億ウォンの賠償を命じられたと報じられた。本人は信頼していた知人に心理的に支配され財産を失ったと打ち明けている。2025年7月には直筆の手紙で結婚を発表し、パートナーの妊娠も明かした。2026年3月には神話のメンバーが見守る中で結婚式を挙げている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
- 2018年현지에서 먹힐까?出演[2]
出典
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- イ・ミヌ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 현지에서 먹힐까? — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08