キム・ヨンチョル (コメディアン)
1974年蔚山生まれのお笑い芸人・タレント。『ギャグコンサート』初期メンバーとして人気を得た後、バラエティに転身。英語力を生かした芸や『知ってるお兄さん』、ラジオDJとしても親しまれている。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
蔚山からKBSへ
キム・ヨンチョルは蔚山の出身で、今も慶尚道なまりを笑いの持ち味にしている。高校時代に兄を交通事故で亡くすなど、つらい少年期を過ごしたことを後年語っている。英語に興味を持ったのは中学時代からだという。1998年にKBSのコメディ番組でデビューし、1999年に聴聞会に出席した要人夫人の口調を真似たものまねで一躍名を知られた。
活動の歩み
ギャグコンから長い遠回り
出世は早かった。1999年に始まった『ギャグコンサート』では開始当初からのメンバーで、114番の電話案内係のていねいすぎる応対を茶化したコーナーで流行語を生み、デビュー1年目にして単独コーナーを持った。同期のキム・ジュノやキム・デヒがまだ脇役に回っていた頃のことである。ユン・ボッキやハ・チュナを真似る芸でも受けたが、今では定番のイ・ヨンジャのものまねは、本人と親しくなった30代以降のレパートリーだという。ギャグコンを離れてからは、コント芸人からMC・バラエティタレントへ転じた最初期の一人となったものの、ゲスト出演を渡り歩く時期が長く、レギュラーの座を固めたのは2010年代半ばの『本物の男』『知ってるお兄さん』だった。2015年のMBC芸能大賞ではバラエティ部門の最優秀賞を受け、デビュー以来初めてのまともな受賞に「一度でいいから賞というものをもらってみたかった」と声を詰まらせた。同じ年の『私は一人で暮らす』では、自宅で受賞スピーチを練習する姿が放送されていた。
エピソード
英語と闘病
英語学習を長年続けており、「インターナショナル・コメディアン」を目標に掲げてきた。2025年7月には麻痺性腸閉塞で入院し、担当するラジオ番組を休んだが、治療を経て復帰。治療で体重が落ちたことも明かしたが、その後もラジオや番組出演を続けている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
- 2018年삼청동 외할머니出演[2]
出典
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- キム・ヨンチョル (コメディアン) — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 삼청동 외할머니 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08