キム・ミスク
1979年にKBS公募タレントとしてデビューし、清楚で品のある役柄で1980年代を代表する女優となった。『華麗なる遺産』以降は「上品な悪役」でも評価を得て、2020年代も第一線で活躍している。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
ミス・ロッテから公募タレントへ
芸能界入りのきっかけは、1978年のミス・ロッテ選抜大会での「落選」だった。一次予選を突破した直後に盲腸が破れ、腹膜炎の手術を受ける羽目になったが、病院をこっそり抜け出して包帯姿のまま二次審査に臨んだ。結果は不合格でも、その姿に目を留めた広告主がコカ・コーラのCMに起用し、翌1979年にKBS公募6期として女優の道に入った。1959年ソウル生まれで、女優への憧れは幼い頃からのもの。子ども時代に自分だけでオーディションを受けて合格したこともあったが、学業を終えるまでは認めないという父の反対で子役デビューはかなわなかった。当時としては長身でやせていたため、中学ではバレーボール部でセッターを務めた。
活動の歩み
80年代のトップ女優から悪役の名手へ
1980年、KBS土曜ホームドラマ『동심초(同心草)』でチョン・エリと主演を分け合ったのを機に人気が高まり、清楚で落ち着いた役柄とラジオDJの仕事を通じて1980年代を代表する女優の一人となった。この時期の出演はほぼテレビに限られ、官能路線が主流だった当時の映画界とは距離を置いたとされる。2005年の映画『マラソン』で自閉症の息子を支える母を演じ、2007年の『セブンデイズ』の冷ややかな教授役とともに映画賞の候補に挙がった。2009年にはSBS『華麗なる遺産』で初めて本格的な悪役に挑み、同年のSBS演技大賞で最優秀演技賞を受賞。以後も『黄金の帝国』『女王の花』、『オクニョ 運命の女』の文定王后など、大声を出さずに静かな迫力で見せる悪女像を確立した。近年もNetflix『旋風』(2024年)や『あなたが殺した』(2025年)、KBS2『愛を処方いたします』(2026年)に出演している。
エピソード
強い手と意外な経歴
バレーボールで鍛えた手の力は今も健在で、平手打ちの場面では共演者が身構えるという話がある。『マラソン』のメイキング映像には、彼女の一撃を受けたペク・ソンヒョンがしばし呆然とする姿が残る。2005年にはプロバレーボールVリーグの広報大使も務めた。デビュー時にはKBSとTBCの公募試験に同時に応募しており、KBSの合格発表を知らないままTBCの試験を受け、その後KBSに駆けつけてPDを説得したという逸話もある。1998年にはラジオ番組のゲストとして知り合った5歳年下の一般男性と結婚。女優業の傍ら、長年にわたって幼稚園の園長も務めていた。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・ミスク — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 旋風 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- あなたが殺した — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 愛を処方いたします — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09