イ・ボムス
1990年に映画でデビューした俳優。脇役と悪役で頭角を現し、バラエティでの人気を足がかりに主演へ。『外科医ポン・ダルヒ』『ジャイアント』でドラマでも成功し、『犯罪都市 NO WAY OUT』で初の1,000万観客作品を得た。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
清州から上京した一人息子
イ・ボムスは1969年11月25日、忠清北道清州市で生まれた。父が数えで39歳のときに授かった遅い一人息子である。俳優になる夢を抱き、スーツケース2つとトランク1つだけを持って当てもなくソウルへ出てきたと、後にバラエティ番組で振り返っている。中央大学で演劇を学び、在学中の1990年、映画『그래, 가끔 하늘을 보자(そうだ、たまには空を見よう)』の助演でスクリーンに初登場した。その後も大学院で公演芸術と放送映像を学び、二つの修士号を得ている。
活動の歩み
脇役からバラエティを経て主演へ
デビュー後しばらくは端役や脇役が中心で、『銀杏のベッド』『退魔録』などに顔を出した。1999年、イ・ジョンジェとチョン・ウソンが主演した『太陽はない』で、二人を追うおかっぱ頭の悪役を演じて注目される。翌2000年にはMBCのサバイバル型バラエティ『스타 서바이벌 동거동락(同居同楽)』で次々と流行語を生み、人気投票で決勝まで勝ち残るほどの支持を集めた。これを機に2002年の『ジャングル・ジュース』でチャン・ヒョクと共に主演に抜擢され、『オー!ブラザーズ』(2003年)では早老症の弟を演じて300万人を超える観客を動員した。2006年の『相棒 シティ・オブ・バイオレンス』での独特な悪役は今も語り草である。
ドラマ進出と1,000万観客
映画でコミカルな役と悪役を重ねてきた彼が初めてテレビドラマで主演したのは、2007年の『外科医ポン・ダルヒ』である。怒鳴ってばかりの外科医アン・ジュングン役が受け、「버럭범수(カッとなるボムス)」の愛称が付いた。続く『オンエアー』も好調で、2010年の『ジャイアント』では主人公イ・ガンモを演じ、最終回の視聴率は40%に達した。2023年には『犯罪都市 NO WAY OUT』に出演し、俳優人生で初めて観客1,000万人を超える作品に名を連ねた。2025年には配信ドラマ『빌런즈(ヴィランズ)』にも出演している。
エピソード
二度の離婚
2003年に大学の同期と結婚したが、わずか5か月で離婚した。2010年5月には、自身の英語教師だった通訳・翻訳家のイ・ユンジンと再婚し、1男1女をもうけた。2016年から2017年にかけては子どもたちとKBS『スーパーマンが帰ってきた』に出演し、家庭的な姿も見せている。しかし2023年末に破局説が浮上し、2024年3月には離婚調停中であることが明らかになった。調停は不成立に終わって訴訟へと進んだ。その間、SNSでの発言や憶測報道が相次いだが、2026年2月、二人は「互いの誤解を解いた」として協議による離婚で合意したと伝えられた。
大学教授時代の騒動
俳優業と並行して新韓大学の公演芸術学部で教え、学部長も務めた。2022年秋、匿名の掲示板に「学生を経済状況で差別し、暴言を浴びせた」とする書き込みが投稿され、報道が広がった。所属事務所は差別や暴言を否定し、総学生会も1か月にわたって証言を募ったものの、裏付けとなる証言や物証は確認されなかったと発表した。最終的に疑惑は事実無根とされたが、彼は俳優業に専念するとして2023年1月末に辞表を提出した。騒動の余波で、『犯罪都市 NO WAY OUT』の予告編やスチールには当初、彼の姿が使われなかったという。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- イ・ボムス — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 自転車王オム・ボクドン — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 出国 造られた工作員 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 犯罪都市 NO WAY OUT — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 犯罪都市4 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 広場 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ヴィランズ 偽札ゲーム — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09