キム・セロン
キム・セロンは韓国の俳優。乳幼児モデルを経て、9歳で映画『冬の小鳥』に主演して俳優の道に入り、『アジョシ』『私の少女』で広く知られた。子役から大人の俳優へと歩みを進めたが、2025年2月、25歳で死去した。[4][5]
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-08
生い立ちとデビューまで
雑誌モデルから映画へ
キム・セロンは2000年7月31日、ソウルで生まれた。芸能界との最初の接点は2001年で、育児雑誌『앙팡(アンファン)』の子どもモデルとして写真に登場したのが始まりである。本格的に演技を始めたのは9歳のときで、2009年公開の映画『冬の小鳥』(原題『여행자』)のオーディションで主役に選ばれた。同作はイ・チャンドンが製作に関わった韓国とフランスの合作映画で、ウニー・ルコント監督が演出した。報道によれば、この役には約1000倍の競争率があったという。[1][4][5]
最年少のカンヌ
『冬の小鳥』でセロンが演じたのは、父に養護施設へ預けられ、迎えを待ちながら暮らすうちに養子に出される少女ジニである。見知らぬ環境に置かれた子どもの寂しさを繊細に表現し、周囲を驚かせた。作品はカンヌ国際映画祭に招かれ、彼女はカンヌのレッドカーペットを歩いた韓国最年少の俳優として記録された。この作品で釜日映画賞の新人女優賞も受けている。デビュー作から「演技の天才」と呼ばれるようになり、以後の出演作でも難しい役が次々に持ち込まれることになった。[4][5]
活動の歩み
『アジョシ』の少女ソミ
セロンの名を一般に広めたのは、2010年のイ・ジョンボム監督作『アジョシ』である。隣人の元特殊要員テシク(ウォンビン)を父のように慕い、犯罪組織に連れ去られる少女ソミを演じ、主演のウォンビンに気後れしない芯の強さで強い印象を残した。不安定な家庭で育った子どもの感情をよく表したと称賛されている。青少年観覧不可の等級でありながら観客は600万人を超え、彼女は「アジョシの子役」として呼ばれるようになった。この作品では大韓民国映画大賞の新人女優賞を受けている。[4][5]
ドラマと『私の少女』
映画の成功の後、テレビドラマにも活動を広げ、『私の心が聞こえる?』(2011年)、『엄마가 뭐길래』(2012年、家族ドラマ)、『女王の教室』(2013年)に続けて出演した。2014年にはチョン・ジュリ監督の『私の少女』(原題『도희야』)で再びスクリーンに戻り、祖母と継父の暴力にさらされる14歳の少女ドヒを演じてペ・ドゥナと共演した。同作で2度目のカンヌ招待を受け、14歳にしてカンヌの舞台を2度踏んだことになる。さらに第35回青龍映画賞で史上最年少の新人女優賞に輝いた。[4][5]
子役から大人の俳優へ
2015年には2部作ドラマ『雪道』(原題『눈길』)で、日本軍「慰安婦」として連れて行かれる少女ヨンエを演じた。キム・ヒャンギと共演した同作はのちに映画としても公開され、セロンは中国の金鶏百花賞で主演女優賞を受けた。その後はドラマ『魔女宝鑑』(2016年)、映画『동네사람들』(2018年、田舎町の失踪事件を描くスリラー)、TV朝鮮『レバレッジ 最高の詐欺師たち』(2019年)、『우수무당 가두심』(2021年、巫女の少女を描くドラマ)などで主演・助演を務め、子役のイメージから脱していった。[4][5][3]
事故と活動の中断
2022年5月、セロンは飲酒運転による交通事故を起こし、俳優としての歩みは大きく止まった。撮影済みだったNetflixシリーズ『ブラッドハウンド』(2023年配信)ではチャ・ヒョンジュ役の出演場面の大半が編集で削られ、後半は別の人物が代わりに登場する形になった。決まっていたSBSドラマ『トロリー』からも降板し、KBSからは出演停止の処分を受けた。2024年には演劇『동치미』で復帰すると伝えられたが、発表の翌日に健康上の理由で降板している。同年11月には、インディーズ映画『기타맨』を撮影中だと報じられた。[4][5][2]
エピソード
暗い役を選ぶ理由
出演作の多くが青少年観覧不可だったため、同世代の子役とは違う道を歩んでいると言われることも多かった。本人は取材で、明るい子どもばかりが世の中にいるわけではなく、誰かがそういう役を引き受けなければならないという趣旨を語り、「面白いです」と付け加えている。暗い役にこだわったのではなく、まだ演じていない役を探すうちにそうなったという。成人向け等級の作品に出るかどうかは、事務所や両親の助言を聞いたうえで最終的には自分で決めていたとも明かした。『アジョシ』の印象が強く暗い姿ばかり記憶されることについても、それだけ役が強烈だったということで嫌ではなく、大人になればまた別の演技をするはずだと前向きに受け止めていた。
『雪道』への覚悟と遺作
『雪道』への出演についてセロンは当時、自分でなくても誰かが表現しなければならない、皆が知り記憶すべき出来事だと考え、手遅れになる前に知るべきだと思って勇気を出して参加したと語った。キャリア最後の作品となったのは、ミュージシャンのイ・ソンジョンが監督を務めた『기타맨』で、天才ギタリストがインディーズバンドに加わる物語の中で、彼とともに演じている。2025年2月、彼女は25歳で死去した。同作はその時点で仕上げ作業中で、同年上半期の公開を目指していると報じられた。[5][4]
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- キム・セロン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- ブラッドハウンド — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- レバレッジ 最高の詐欺師たち — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 『アジョシ』の子役で注目、16年にわたり映画とドラマで活動したキム・セロン聯合ニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- 『旅人』から『雪道』まで――キム・セロンの代表作マックスムービー/参考出典/確認日 2026-10-08