韓国芸能人wiki
バインダーに戻る

キム・ナムジュ

김남주Kim Nam-joo
俳優・女優

キム・ナムジュは1971年生まれの女優である。1994年にSBS公募タレントとしてデビューし、90年代は広告の顔として一世を風靡した。結婚と長い空白を経て『内助の女王』で復活し、『ミスティ』『ワンダフルワールド』でも主演を務めた。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

市役所勤めからミスコリアへ

1971年5月10日、京畿道平沢郡松炭邑(現・平沢市)に生まれた。父親が不在の家庭で暮らし向きは苦しく、学生時代には学費が払えず教師に助けてもらったこともあったという。端役俳優だった父の影響で演技に憧れたものの、高校を出てすぐに夢を追える状況ではなく、まずは地元の市役所に職を得たが、3か月で辞めている。転機は1992年のミスコリア大会で、京畿地区の「真」に選ばれたことを機にモデルの仕事を始めた。1993年にはすでにアモーレパシフィックの化粧品ブランドの広告に起用されており、俳優デビュー前から広告業界では注目の新顔だった。女優を志したきっかけとしてよく語られるのが、モデル時代の撮影現場での出来事である。すでに人気女優だった共演者と一緒に仕事をした際、相手の出演料が自分の3倍だと知って衝撃を受け、本格的に演技の世界に進もうと決めたという。こうして1994年、SBSの第4期公募タレントとして芸能界に入った。

活動の歩み

「広告の女王」の時代と空白期

デビュー後はSBSの『都市男女』『モデル』などに出演したが、90年代の彼女を象徴するのはむしろ広告である。1997年から2002年にかけてLG生活健康の化粧品ブランド「ラックベール」の顔を務め、都会的で洗練されたイメージで絶大な人気を得た。出演ドラマは東南アジアでも放送され、とりわけベトナムでは広告モデルとしても高い知名度を誇った。2001年にはMBC週末ドラマ『その女の家』が40%を超える視聴率を記録したが、彼女はこれを最後に2009年までドラマから遠ざかる。この間、所属事務所が絡んだ問題の影響もあって、『結婚したい女』『真珠のネックレス』『火の鳥』など話題作のオファーを次々と断ったと伝えられている。

主婦役で頂点へ

2005年に俳優キム・スンウと結婚し、2007年の映画『あいつの声』で本格的に復帰した。そして2009年のMBCドラマ『内助の女王』で、夫の出世のために奔走する妻を軽快に演じて大ヒットに導き、MBC演技大賞の最優秀演技賞と百想芸術大賞のテレビ部門最優秀演技賞を手にした。その後も2010年の『逆転の女王』、2012年のKBS週末ドラマ『棚ぼたのあなた』で大賞に輝き、ヒットメーカーとしての地位を固めた。2018年にはJTBC『ミスティ』で6年ぶりにドラマへ戻り、野心的なニュースキャスター、コ・ヘランを演じて新たな代表作とした。2024年のMBC『ワンダフルワールド』では、息子を失った母親を演じている。

エピソード

家庭と仕事のバランス

キム・ナムジュは、作品と作品の間にかなり長い休みを取ることで知られる。結婚後は家庭に軸足を置き、納得できる役が来たときにだけ現場に戻るという姿勢を貫いてきた。夫キム・スンウとの間には1男1女があり、その子育て期とも重なって、出演作の間隔はしばしば数年単位に及んだ。それでも復帰作のたびに話題を集めてきたのは、自分らしく役を引っ張れるかどうかを基準に作品を選んでいるからだろう。『ワンダフルワールド』についても、本人は「自分らしく、勇気をもって引っ張っていった作品」と振り返っている。2025年には個人のYouTubeチャンネルを開設して飾らない素顔を見せたが、同年10月に運営を止めている。ファッションの面でも根強い人気を保っている。

プロフィール

生年月日
1971年5月10日[1]
出生地
京畿道[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優・女優[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2018年ミスティAmazonで探す미스티出演[2]
  2. 2024年ワンダフルワールドAmazonで探す원더풀 월드出演[3]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. キム・ナムジュ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. ミスティ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  3. ワンダフルワールド — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09