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ジョンヒョン

종현Kim Jong-hyun
SHINeeSM the BalladK-pop俳優・女優歌手

SHINeeのメインボーカルとして2008年にデビューし、作詞・作曲でも頭角を現した歌手。ソロ作『BASE』やラジオ『青い夜』で独自の世界を築いたが、2017年12月に27歳で世を去った。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

ソウル育ちの音楽少年

ジョンヒョン(本名キム・ジョンヒョン)は1990年4月8日、ソウルで生まれた。母と姉のいる家庭で育ち、決して裕福ではない少年時代を送ったことはのちに報じられている。音楽に心を奪われたのは10代の頃で、学校の仲間とバンドを組んでベースを担当していた。日本のロックバンドX JAPANのYOSHIKIに影響を受けたとも伝えられ、当時の夢は歌手よりもむしろ曲を作る側に立つことだったという。ラジオなどでも「もともとは作曲家になりたかった」と繰り返し口にしており、のちの旺盛な作詞作曲活動の原点はこの時期にある。

学校祭からSMの練習生へ

転機は2005年、15歳のときに訪れた。所属していたバンドで校内の音楽祭のステージに立った際、SMエンターテインメントの関係者の目に留まり、スカウトされたのである。練習生となってからは約3年にわたって歌とダンスの訓練を積み、デビュー前には同じ事務所の歌手チャン・リインの曲「Wrongly Given Love」にフィーチャリングで参加して声を世に出した。学業面ではソウル実用音楽高校に進んだものの、音楽活動を優先して検定試験の道を選び、のちに清雲大学で実用音楽を学んでいる。そして2008年5月25日、SBS『人気歌謡』の舞台で5人組SHINeeの一員としてデビューを果たした。

活動の歩み

SHINeeの声として

デビュー曲『誰でも好きになる(Replay)』でSHINeeは一躍人気グループとなり、ジョンヒョンは伸びやかで感情の込もった高音を武器にメインボーカルを担った。翌2009年にはミニアルバム『ROMEO』のタイトル曲「Juliette」の歌詞を手がけ、作詞家としての一歩を踏み出す。映画『ロミオとジュリエット』(1968年)に着想を得たと語ったこの曲を皮切りに、「Alarm Clock」「Selene 6.23」など多くのグループ曲に言葉を与えた。2010年にはバラード・プロジェクトSM the Balladに参加し、2014年の第2弾ではテヨンと組んだタイトル曲「Breath」を歌っている。2011年6月にはKBS『不朽の名曲2』に出演し、同じ事務所のイェソンに勝った直後に涙を見せて話題になったが、海外公演などの日程を理由にほどなく番組を離れた。出演者が短期間で入れ替わる運営には、視聴者から不満の声も上がっている。

ソロデビューと作家としての評価

2013年頃からは他の歌手への楽曲提供が本格化する。IUの「憂鬱時計」では作詞作曲に加えてデュエットにも参加し、ソン・ダムビの「Red Candle」、テミンの「Pretty Boy」、EXOの「Playboy」、イ・ハイの「한숨(ため息)」と、所属事務所の内外を問わず話題作を次々と生んだ。2015年1月には初のソロミニアルバム『BASE』を発表し、全曲の作詞に関わった同作はBillboardのワールドアルバムチャートと韓国のGaonチャートでともに1位を記録した。翌2016年には全9曲の正規1集『She Is』を出し、エレクトロファンクからR&Bまで幅広いジャンルを自ら書き分けている。

ラジオ『青い夜』と最後の作品

2014年2月から約3年間、MBC FM4Uの深夜番組『青い夜、ジョンヒョンです』のDJを務めたことは、彼の活動の中でも特別な意味を持つ。リスナーから寄せられたエピソードをもとに曲を作るコーナーを設け、そこで生まれた歌は2015年の『物語 Op.1』、2017年の『物語 Op.2』という小品集にまとまった。2017年春にSHINeeの海外ツアーを理由に番組を降板し、同年は小劇場公演を当初予定の12回から20回へ拡大、12月9〜10日には単独コンサート「INSPIRED」を開いた。しかしその直後の12月18日に急逝し、準備中だった『Poet | Artist』は2018年1月に遺作として発売された。

エピソード

「神ジョンヒョン」と呼ばれた曲

作詞のアイデアは、映画やポスターといった目に見えるものから得ることが多く、そのためにわざわざ作品を探して見ていたとジョンヒョン自身が語っている。他の歌手に書いた曲にも話題が多い。2016年発表のイ・ハイ「한숨(ため息)」は、タブロからの依頼を受けて何曲も書き、却下されながら出し続けた末に生まれた1曲である。アルバムの候補曲を聴いていたYGのヤン・ヒョンソク代表がこの曲を気に入ってダブルタイトルに決めたが、書いたのがジョンヒョンだと知らされたのは、ミュージックビデオの撮影日程まで固まった後だったという。前年のEXO「Playboy」も、作者が明かされる前からEXOファンの評価が高く、彼の名前が知れ渡ると「神ジョンヒョン」と呼ばれるようになった。

ラジオで見せた素顔と遺したもの

雑誌のインタビューでジョンヒョンは、ラジオを始める前は「歌手キム・ジョンヒョン」として振る舞うほうが楽だったが、番組で人間としての面を見せるうちに、その姿の自分を受け入れられるようになったと語っている。毎晩決まった時間に放送する生活が、芸能界では得がたい安定をくれたとも振り返った。彼の死後、親しかったDear Cloudのナイン(Nine9)は、本人から託されていた手紙を遺族の同意を得て公表し、そこには長く抱えてきた苦しみがつづられていた。母親は遺作の収益をもとに2018年、困難を抱える若い芸術家を支える「ピッイナ財団」を設立した。2025年にはSHINeeが、彼が生前に書いた曲を彼の歌声入りで『Poet | Artist』として発表している。

旧友と組んだ作曲チーム

2015年に出版された『Skeleton Flower』は、自作曲を題材にした物語に自ら撮影した写真を添えた本で、歌詞の背景にある感情を文章で掘り下げている。曲づくりの相棒として知られるのが、昔からの音楽仲間2人と結成した作曲チーム「We Freaky」だ。メンバーの1人は主にピアノを担当し、チームとしてIU「憂鬱時計」やソン・ダムビ「Red Candle」、ソロ作、さらに『青い夜』のロゴソングや番組発の楽曲にも名を連ねた。こだわりの強さを示す話もある。SHINeeの「Selene 6.23」は副題まで彼の命名であり、同じ頃の収録曲「Better Off」については、4〜5年前に書いた曲だったため歌詞を書いたノートが行方不明になったと、本人がSNSで打ち明けている。

プロフィール

生年月日
1990年4月8日[1]
出生地
恵化洞[1]
国籍
韓国[1]
職業
K-pop / 俳優・女優 / 歌手[1]
関連グループ
SHINee / SM the Ballad[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2018年Poet | ArtistAmazonで探す歌唱[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. ジョンヒョン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. Poet | Artist — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09