ムン・ソングン
ムン・ソングンは1953年東京生まれの韓国の俳優・放送人。牧師で統一運動家の文益煥の息子で、会社勤めを経て演劇から映画に進み、90年代の韓国映画を代表する主演俳優の一人となった。政治活動でも知られる。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
会社員から舞台へ
ムン・ソングンは1953年に東京で生まれた。父は民主化・統一運動で知られる文益煥牧師で、一家は1970〜80年代から反体制的な家族として当局に目を付けられていた。西江大学で貿易学を学び、在学中にはミュージカルの舞台も経験した。卒業後は現代グループで約8年間会社勤めをしたが、1985年の演劇『ハン氏年代記』で本格的に俳優の道に入り、翌年の『七手と万手』などに出演して舞台で頭角を現した。
活動の歩み
90年代映画の顔と司会者
映画デビューは1990年のパク・グァンス監督『追われし者の挽歌』で、この作品で百想芸術大賞の新人賞を受けた。続く『競馬場へ行く道』で青龍映画賞の主演男優賞を獲得し、『美しき青年 全泰壱』『つぼみ』『グリーンフィッシュ』など社会派の話題作に出演した。テレビではSBSの調査報道番組『それが知りたい』の初代進行役を長く務め、全国的な知名度を得た。2000年代には政治活動に力を入れ、民主統合党で最高委員や代表権限代行も務めている。
エピソード
ブラックリスト問題
2017年、李明博政権の国家情報院が政府に批判的な文化人を「ブラックリスト」で管理していたことが明らかになり、彼の名もそこに含まれていた。本人はキャスティングが突然取り消されたり、出演作の監督が交代させられたりしたと訴え、生活のために家を手放したとも語った。一方で、保守政権期にも映画出演数は減っていないとして被害を疑問視する声もあった。彼は同年に法的措置に踏み切り、李明博元大統領と元国家情報院長を相手取った損害賠償訴訟では、2023年の一審で両者に賠償が命じられ(国への請求は棄却)、2025年10月の控訴審では国の賠償責任も認められた。また自身を「従北」と中傷した人物らに対しては、2018年に最高裁で慰謝料支払いを命じる判決が確定している。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- ムン・ソングン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- コネクション — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 記憶の夜 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08