チョン・ミソン
チョン・ミソンは1970年生まれの韓国の俳優である。10代でデビューし、『八月のクリスマス』『殺人の追憶』や『製パン王キム・タック』『太陽を抱く月』など数多くのヒット作で脇を固めた。2019年6月、48歳で急逝した。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
10代で始まった俳優人生
チョン・ミソンは1970年12月7日生まれ。安養芸術高校を経て、ソウル芸術専門大学の放送芸能科で学んだ。俳優としての出発は早く、1986年にMBCの単発ドラマ枠「ベストセラー劇場」の一編『산타클로스는 있는가』(サンタクロースはいるのか)で画面に登場している。1990年代にはMBCのコメディ番組『오늘은 좋은 날』(今日は良い日)に長く出演したため、コメディアンだと思い込む視聴者も少なくなかった。一時は「ユ・セイン」という芸名を名乗ったが、イラクの独裁者サダム・フセインを連想させるうえ、ある映画監督からも指摘を受けたため、本名に戻したという逸話が残る。
活動の歩み
映画で磨いた存在感
スクリーンでは1990年の『그래, 가끔 하늘을 보자』(そう、時々空を見よう)以降、着実に出演を重ねた。1998年の『八月のクリスマス』、2001年の『バンジージャンプする』に続き、2003年の『殺人の追憶』では小さな役ながら強い印象を残している。2006年には映画『연애』(恋愛)の撮影で知り合った相手と結婚した。社会貢献にも熱心で、2012年から国際NGOプラン・コリアの広報大使を務め、日頃から寄付を続けていたことが団体側から明かされている。
ヒット作を見抜く目
ドラマでは1989年の『土地』をはじめ、2000年代には『太祖王建』『野人時代』といった大河ドラマにも助演で出演した。2010年代に入ると『製パン王キム・タック』『ロイヤル・ファミリー』『オジャッキョ兄弟』『太陽を抱く月』、そして日日ドラマ『돌아온 황금복』(帰ってきたファン・グムボク)と出演作が次々に高視聴率を記録し、ヒット作の常連として知られるようになった。2015年の『六龍が飛ぶ』では秘密組織「無名」の頂点に立つヨニャンという黒幕を演じ、2016年の『雲が描いた月明り』もヒットした。『応答せよ1988』には中年期のソン・ボラ役で短く登場している。
エピソード
舞台出演を前にした別れ
2019年6月29日、チョン・ミソンは公演のため滞在していた全州のホテルで亡くなっているのが見つかった。警察は自ら命を絶ったものと判断している。その日の午後には、足かけ10年にわたって演じてきた代表的な舞台『친정엄마와 2박 3일』(実家の母と2泊3日)に出演する予定で、亡くなる数日前まで映画の広報活動もこなしていた。身内の不幸や両親の闘病が重なり苦しんでいたと伝えられ、事務所はうつ病の治療を受けていたと発表した。弔問にはソン・ガンホやポン・ジュノら多くの映画人が訪れた。死後公開された映画『나랏말싸미』(ハングル創製を描いた時代劇)が遺作となり、ドラマでは『彼はサイコメトラー』が最後の出演作となった。次回作に予定されていた『ノクドゥ伝』の役は、親友ユン・ユソンが引き継いだ。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- チョン・ミソン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 彼はサイコメトラー — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- アンダンテ〜恋する速度〜 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08