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イェソン

예성Yesung
SUPER JUNIORSuper Junior-K.R.Y.SUPER JUNIOR-Happy歌手俳優・女優

SUPER JUNIORのメインボーカル。天安で育ち、SMの選抜大会を経て2005年にデビューした。ハスキーで哀切な声を武器にK.R.Y.やソロでも活躍し、ミュージカルやドラマ『ボイス』にも出演。2026年はソロデビュー10周年を迎え、日韓で活動を続けている。

更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

天安の「歌のうまい少年」

イェソン(本名キム・ジョンウン、2022年にキム・ガンフンへ改名)は1984年8月24日生まれ。少年時代を忠清南道天安市で過ごした。歌は早くから評判で、1999年には地元の天安歌謡祭で金賞を受けている。2001年にはSMエンターテインメントの青少年ベストコンテストで歌部門の2位に選ばれ、これがSMの練習生となる入口になった。息子の才能を信じた母親が応募書類を出したことが、事務所との縁の始まりだったという。芸名の「イェソン」は漢字で「藝聲」と書き、「芸術家の声」を意味すると本人がラジオで説明している。

通学と練習の二重生活

練習生時代は天安の学校とソウルでの練習を両立させる日々だった。学校が遠かったため毎朝5時20分に起き、家を出る時間が早すぎて弟とはほとんど顔を合わせられず、眠っている姿を見るのがせいぜいだったと振り返っている。大学は一度工学系の学科に進んだが中退し、後に別の大学で放送音楽を学んで学士と修士を取得、さらに大学院で文化経営学の博士課程にも進んだ。こうした下積みを経て、2005年11月にSUPER JUNIORの1集でデビューする。初舞台で彼が映ったのはわずか3秒ほどだったが、それを見た母親は涙を流したという。

活動の歩み

グループの声を担う

デビュー初期のタイトル曲では、放送映えするメンバーにパートが多く割り振られ、メインボーカルながら他のメンバーを支えるアドリブ役に回ることが多かった。だがグループがボーカルを重視する構成へ移るにつれて比重は増し、2011年の5集『Mr. Simple』や『A-CHA』ではクライマックスの高音を次々と任され、チーム内で最もパートの多いメンバーとなった。2010年にはドラマ『シンデレラのお姉さん』のOST『너 아니면 안 돼(君じゃなきゃだめ)』がヒットし、2011年のKBS『不朽の名曲』ではプファルの『사랑할수록(愛するほど)』で優勝している。ユニットでは2008年のSUPER JUNIOR-Happyを経て、リョウク、キュヒョンとのK.R.Y.でボーカルユニットとして韓日で活動してきた。

兵役と11年目のソロデビュー

2013年5月から2015年5月まで、腰椎椎間板ヘルニアなど健康上の理由から社会服務要員として兵役を務めた。復帰後はSUPER JUNIOR10周年のスペシャルアルバム『DEVIL』から再合流し、同年のJTBC『錐』で労働者ファン・ジュンチョル役を演じてドラマデビューした。2016年4月、MBC『覆面歌王』で準優勝した直後に初のソロミニアルバム『Here I am』を発表する。番組では、デビューから11年でようやくソロ作が出ると明かして感情を抑えきれなかった。以後『Spring Falling』『Pink Magic』『Sensory Flows』などで、バラードからジャズ、ダンス、シティポップへと曲調の幅を広げている。

舞台と映像、そして日本

初めてのミュージカルは2009年の『南漢山城』で、清の通訳官チョン・ミョンスを演じた。ダブルキャストの先輩とは対照的な、線の細い少年らしさを残した人物像で評価された一方、歌謡曲と異なる発声に慣れず声帯結節を患うという代償も払っている。翌2010年には『洪吉童』と『スパマロット』に出演し、2018年からは日本で『メイビー、ハッピーエンディング』や『アルターボーイズ』の舞台に立った。映像では2016年に日本映画『My Korean Teacher』に主演、2017年にOCN『ボイス』で巡査オ・ヒョンホを演じ、2022年には映画『ブルドーザーに乗った少女』で刑事役を務めた。2026年5月には日本2枚目のフルアルバム『咲き誇る時を待つのは』を全曲作詞参加で発表して日本ツアーを行い、10月からはソロ10周年記念のアジアツアーを予定している。

エピソード

役のために眠らず、酒を飲む

役作りでは極端な手段も辞さない。『錐』では役のリアリティを出すため、撮影中もメイクやヘアのセットをほとんどせずに現場に立ったと語っている。『ボイス』第9話でナイトクラブの人質事件を起こす場面では、薬物に酔ったようなうつろな目を出すために前日一睡もしなかった。この回は視聴者から「イェソンが一人で引っ張った」と評されるほど反響を呼び、本人は「切実に演じた結果が良く出て幸せだ」と語っている。演技をしたくても機会が少なかったとも打ち明けていた。

病と向き合った新人時代

デビュー直後、彼は腎臓結石を抱えたまま活動していた。顔のむくみや体調不良に悩みながら治療を後回しにした結果、結石は大きくなり、後続曲『Miracle』の活動を終えると約1か月入院した。移動中の車内で点滴を打ちながらスケジュールをこなしたこともあったという。むくんだ顔を嫌って、この時期から徹底した食事管理を始めた。「夕食は一年に5回しか食べない」という話まで広まったが、後に本人はこれをキュヒョンが流した大げさな噂だと笑って訂正している。新人の頃、事務所に二重まぶたの手術を勧められたが、医師に「珍しい目だから変えないほうがいい」と止められた話もある。

家族のカフェと収集癖

デビュー後は天安の家族をソウルに呼び寄せ、住まいと店を用意したことで「孝行アイドル」と報じられた。現在は弟とともに建大入口近くでカフェ「マウスラビット」を営んでおり、店名は2人の干支(ねずみとうさぎ)に由来する。私生活では大の映画好きで、所有するDVDは5,000枚を超え、レゴの完成品を並べる棚まであるという。NBAの熱心なファンでもあり、2021年と2022年にはNBA中継のゲスト解説を務めた。番組で後に問題を起こす男性タレントが未成年の女性歌手に名刺を渡そうとした場面で、その名刺を受け取ってすぐに破り捨てた映像も、後年改めて評価された。

プロフィール

生年月日
1984年8月24日[1]
出生地
ソウル特別市[1]
国籍
韓国[1]
職業
歌手 / 俳優[1]
関連グループ
SUPER JUNIOR / Super Junior-K.R.Y. / SUPER JUNIOR-Happy[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2017年ボイスAmazonで探す보이스出演[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. イェソン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  2. ボイス — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08