キム・ジョンス
1964年釜山生まれの俳優。地方劇団で約20年舞台に立った後、40代で映画界へ進出した遅咲きの名脇役。『1987、ある闘いの真実』『エクストリーム・ジョブ』『密輸 1970』などで存在感を示し、2024年に百想芸術大賞の助演男優賞を受賞した。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
蔚山の劇団で培った芝居
1964年11月30日、釜山に生まれた。高校卒業後は蔚山大学で化学を専攻し、海兵隊で兵役を終えている。俳優の道に入ったのは1984年、劇団「コレ(クジラ)」への入団がきっかけで、翌1985年の舞台『エクウス』で初舞台を踏んだ。以後、蔚山を拠点に70本ほどの演劇に出演し、慶南演劇祭で演技賞を受けるなど、地方演劇界の実力派として知られた。2000年代後半にはKBS蔚山放送局の地域情報番組で司会を務めたこともある。
活動の歩み
40代からのスクリーン進出
映画デビューはイ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』(2007年)で、40代に入ってからの転身だった。『プンサンケ』(2011年)で強烈な印象を残し、『悪いやつら』『スパイ』『二十歳』『少数意見』などで脇を固めた。2014年のドラマ『ミセン-未生-』のキム部長役でお茶の間にも顔が知られるようになる。『1987、ある闘いの真実』では拷問死した学生の父親を演じ、凍った川に遺骨を流す場面が大きな反響を呼んだ。2023年は特別出演を含め映画6本・ドラマ2本に出演するほどの売れっ子となり、『密輸 1970』のイ・ジャンチュン役で韓国映画評論家協会賞や釜日映画賞の助演男優賞、翌2024年には百想芸術大賞の映画部門助演男優賞を獲得。Disney+『조각도시(彫刻都市)』では主演級を務め、『模範タクシー3』にもオ・ウォンサン役で出演した。
エピソード
チキン店主の名台詞
2019年の『エクストリーム・ジョブ』で彼が演じたのは、麻薬班の刑事たちにフライドチキン店を手放す元店主だった。冒頭の数分しか登場しないにもかかわらず、「サービスはあげる人の気持ち次第」といったとぼけた台詞は作品屈指の名台詞として今も引用され、多くの観客にとって彼の顔と結びつく役になった。人のよい父親から冷酷な権力者、裏社会の人物まで、演じる役の振れ幅は大きい。2023年にはバラエティ『驚きの土曜日』で好きな音楽を聞かれてBLACKPINKと答え、2NE1も好んで聴くと明かして共演者を驚かせた。
プロフィール
作品
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出典
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- キム・ジョンス — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 三振グループの英語、TOEICの半分 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ハント — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ドリーム — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ランサム 非公式作戦 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 密輸1970 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 憑依 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- ボゴタ: 彷徨いの地 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- パイン ならず者たち — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- エマ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09