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ジェジュン

김재중Kim Jae-joong
東方神起JYJJX歌手俳優・女優

東方神起の元メインボーカルで、JYJを経てソロ歌手・俳優として日韓で活動する。2023年に自ら事務所iNKODEを立ち上げ、後輩の育成にも力を注ぐ。料理好きとしても知られる。

更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

8人の姉がいる家の末っ子

ジェジュン(本名キム・ジェジュン)は1986年2月4日、京畿道坡州で生まれた。幼いころに忠清南道公州の家庭へ養子として迎えられ、その際に住民登録上の生年月日は1月26日となったため、公式プロフィールでは1986年1月26日生まれとされ、本人も1月26日に誕生日を祝っている。新しい家では8人の姉を持つ末っ子の一人息子として育った。この事実は後に本人が公に語っている。家族によれば、姉が買った派手なコートを勝手に着て歩くほど目立つことが好きな子どもで、姉にもらったラジカセでH.O.T.のテープを聴きながら歌手への夢をふくらませた。しかし両親は芸能界入りに反対した。「そんなにやりたいなら自分で稼いで歌手になれ」と言われた彼は、高校1年生のとき本当に家を出て、中華料理店で働かせてほしいと頼み込んだが、年齢を理由に断られたという。

極貧の練習生時代

16歳のころ電話応募のオーディションで2次審査まで進み、姉の一人の後押しを受けてソウルへ出た。2001年9月、SMエンターテインメントが開いたコンテストのルックス部門で男性1位となり、正式な練習生になった。ただし生活費は自分で稼がなければならず、新聞配達や工事現場、刺身店などのアルバイトを掛け持ちしながらレッスンに通った。映画のエキストラで得た8万ウォンを元手にガムやチョコレートを仕入れて売り歩いたが、整った顔立ちのせいでかえって怪しまれ、ほとんど売れなかった。見かねたスーパーの店主が考試院の家賃を出してくれたこともあったという。本人いわく、練習生になった当初は音程も取れないほどだったが、約2年の訓練でグループのメインボーカルの座をつかんだ。

活動の歩み

東方神起のメインボーカルとして

2003年12月26日、5人組の東方神起として『Hug』でデビューし、「ヒーロー・ジェジュン」の名でメインボーカルとセンターを務めた。グループは韓国で頂点に立つ一方、2005年に日本へ本格進出し、地道なライブ活動を重ねて『Purple Line』『どうして君を好きになってしまったんだろう?』などで日本の音楽チャートの上位に食い込んだ。日本進出の際には、太く力強い声は日本市場では受けにくいという助言を受け、澄んだ響きの発声に作り替えたとされる。ところが2009年7月、ジェジュン、ユチョン、ジュンスの3人が所属事務所との専属契約の効力停止を求めて裁判所に申し立て、グループは分裂状態に陥った。

JYJ結成とソロ転身

3人は2010年にJYJを結成し、同年東京ドーム公演を成功させたほか、英語詞のアルバムを世界向けに出した。一方で韓国の地上波番組への出演はほとんどかなわない時期が長く続き、事務所との訴訟は2012年に和解で決着した。ジェジュンは俳優としても活動の幅を広げ、2010年にはフジテレビのドラマ『素直になれなくて』で日本の連続ドラマに出演し、韓国では『ボスを守れ』(2011年)、『Dr.JIN』(2012年)、『トライアングル』(2014年)などに出演した。2013年1月には韓国でロック色の強いミニアルバム『I』を発表してソロデビューした。2015年3月に陸軍へ入隊し、2016年12月に兵長で除隊している。

自ら事務所を率いる現在

除隊後はソロ活動が中心となり、2018年には日本でもソロデビューした。日本の名曲を歌ったカバーアルバム『Love Covers』シリーズは日本で好評を得た。2023年4月に前事務所との契約が満了すると、新会社iNKODEを設立し、自身の活動と並行して新人グループの制作にも携わるようになった。2023年以降は韓国のバラエティ番組への出演も増え、2024年にはMBNのドラマ『悪い記憶の消しゴム My Memories』で主演を務めた。同じ年には元メンバーのジュンスとユニットJXとしてステージに並び、2026年8〜9月にはソウルと横浜で約1年3か月ぶりの単独公演を開き、JXとしても2年ぶりのアジアツアーが発表された。

エピソード

料理の腕はプロ並み

ファンの間で最も有名な特技は料理である。母親の手つきを見て覚え、小学6年生でカムジャタン(豚の背骨と芋の鍋)を作ったという。グループ時代は宿舎の台所をほぼ一人で担い、JYJのメンバーが鶏料理に悪戦苦闘する横で、手早くタッポックムタンを仕上げてみせた映像も残っている。2010年には日本の番組でカツ丼を作り、当時出演していたドラマの撮影スタッフに差し入れた。味見をした共演者の瑛太は、味のバランスを褒めたという。日本ではレシピ本も2冊出版した。2024年にはKBSの料理バラエティ『新商品発売 ピョンストラン』(芸能人が考案したメニューを商品化する番組)に出演し、エゴマ油を使った混ぜ麺で優勝を果たした。キムチまで漬けるが、洋食と卵焼きは苦手だと語っている。

軍隊での変身と冷たい顔の素顔

デビュー当時から「ビジュアルショック」と呼ばれた中性的な美貌の持ち主だが、本人の自己評価は意外に辛く、自分の顔は「きつくて冷たい」印象だと考えている。2006年のインタビューでは、顔だけ見て自分を好きになるのは難しいはずで、ファンは性格や人柄を見てくれているのだろうと語った。実際の性格は飾り気がなく素朴で、育った忠清道のなまりが興奮した拍子に飛び出すこともある。ジュンスに言わせれば「テンジャンクク(味噌汁)のような人」である。そんな繊細なイメージを覆したのが兵役期間で、筋力トレーニングに励んで体重を20kgほど増やし、短髪にがっしりした体つきという別人のような姿でファンを驚かせた。軍人時代の容姿については、本人も素直に自賛している。

エイプリルフールの騒動

2020年4月1日、ジェジュンは自身のSNSに新型コロナウイルスに感染したと投稿し、まもなくエイプリルフールの冗談だったと明かした。本人は感染防止への警戒心を呼びかける意図だったと説明して謝罪したが、韓国と日本の双方で強い批判を浴び、日本で予定されていた音楽番組やラジオの出演が相次いで取り消された。約1か月後の5月3日には、騒動前に収録されていたNHK BSプレミアム『玉置浩二ショー』への出演回が放送された。騒動の前後には日本の医療機関にマスクを寄付したことも報じられた。

プロフィール

生年月日
1986年1月26日[1]
出生地
公州市[1]
国籍
韓国[1]
職業
歌手 / 俳優[1]
関連グループ
東方神起 / JYJ / JX[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2024年悪い記憶の消しゴム My MemoriesAmazonで探す나쁜 기억 지우개出演[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. ジェジュン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
  2. 悪い記憶の消しゴム My Memories — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08