ドンヘ
ドンヘは1986年木浦生まれの歌手・俳優で、SUPER JUNIORのメンバー。ダンスと甘い歌声に加え、作詞・作曲も手がける。ウニョクとのユニットD&Eでも長く活動し、2026年にはデビュー21年目で初のソロ正規アルバム『ALIVE』を発表した。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
サッカー少年と父の夢
ドンヘ(本名イ・ドンへ)は1986年10月15日、全羅南道の港町・木浦で生まれた。幼い頃に夢見ていたのは歌手ではなくサッカー選手だった。進路を変えたのは父の存在である。父自身がかつて歌手を志しながら諦めた経験を持っており、その夢を息子に託すように歌の道を勧めたという。本人は後年、サッカーのほうが好きだった少年が父の後押しで歌を始めた経緯をたびたび語っている。
SMの大会で練習生に
転機は2001年、SMエンターテインメントが主催した青少年向けの選抜大会「青少年ベスト選抜大会」で入賞したことだった。当時の彼は、ダンスや歌に加えて端正な容姿でも注目を集めたといわれる。これをきっかけに同社と契約し、歌・ダンス・演技のレッスンを受ける練習生生活に入る。途中、のちのリーダーとなるイトゥクらと5人組グループとしてデビューする構想もあったが実現しなかった。最終的に12人のプロジェクトグループ「SUPER JUNIOR 05」のメンバーに選ばれ、2005年11月6日にデビューを果たした。
デビュー直後の別れ
デビューからわずか1年足らずの2006年8月、ドンヘは父を亡くしている。歌手になることを誰よりも望んでいた父が、息子の本格的な成功を見届ける前に世を去ったことは、その後の彼の歩みに大きな影を落とした。デビュー初期のテレビ番組では父の話題になると涙を見せることが多く、ファンの間でもよく知られた話になっている。のちに作曲した楽曲にも、家族への思いが色濃くにじむものがある。
活動の歩み
グループと中華圏ユニット
SUPER JUNIORではリードボーカル兼メインダンサー格として、キレのある踊りと柔らかな声で存在感を示した。2008年4月には中華圏向けユニットSUPER JUNIOR-Mに加わり、ハンギョン、シウォンらとともにアルバム『Me』で活動を始める。この作品は中国の音楽チャートで1位を記録した。2011年には台湾ドラマ版『スキップ・ビート!』にシウォンと出演し、エンディング曲も歌った。グループ外の舞台で経験を積んだこの時期が、海外での人気を固める土台になった。
D&Eと作り手としての顔
2011年12月、同い年のウニョクと組んだユニットD&Eが「Oppa, Oppa」でスタートした。以後ドンヘは作家としての比重を増していく。2014年のグループ曲「Shirt」で作詞・作曲に関わり、2015年のD&E初の韓国アルバム『The Beat Goes On』ではタイトル曲「Growing Pains」を共作した。2017年の除隊後はD&Eとして日本で毎月シングルを出す企画に取り組み、自作の「If You」もその一つになった。
演技、兵役、独立
俳優としては2007年の『花美男連鎖テロ事件』、2010年の『大丈夫、パパの娘だから』、2012年の『パンダさんとハリネズミ』などに出演。2015年10月15日の誕生日に義務警察として入隊し、21か月の服務を終えて2017年7月に除隊した。2023年には久々のドラマ『オー!ヨンシム』『男と女』に主演する一方、同年7月にSMとの個人契約を更新しないことが発表され、ウニョクと新会社を立ち上げた。グループ活動はSMで続けている。
21年目の初ソロ正規盤
2026年4月20日、ドンヘはデビュー21年目にして初めてのソロ正規アルバム『ALIVE』を発表した。全13曲のうち11曲で作詞・作曲に参加し、「해 떴네(日が昇った)」と「Good Day」をダブルタイトルに据えた。ジェイ・パクやタブロも参加している。あわせてソウルを皮切りにアジア各都市を回る初のソロツアーを行い、バンド編成のライブで歌い手としての実力を改めて示した。ソウル公演のチケットは発売と同時に完売し、ソロとしての集客力も証明している。
エピソード
ヒチョルが心を開いた後輩
後輩から恐れられていた練習生時代のヒチョルは、神経質な性格もあって、同い年のイトゥクでさえ気軽に話しかけられない存在だったという。その彼が例外的に心を許したのがドンヘだったと伝えられ、デビュー後もヒチョルはメンバーの中で特にドンヘを気遣う姿をたびたび見せている。2人の縁を物語るのが2006年8月の交通事故である。ヒチョルが事故に遭ったのは、ドンヘの父の弔問を終えて戻る途中だった。雨のうえ距離も遠いと事務所は引き止めたが、それを振り切って木浦へ向かったのだという。
寂しがり屋がD&Eを生んだ
D&Eというユニットの成り立ちには、ドンヘの性格がよく表れている。当初、事務所が打診したのは彼のソロデビューだった。しかし本人は「1人では寂しい」と断り、同い年の親友ウニョクを引き込んで2人組にしたという。自他ともに認める寂しがり屋で、2017年の雑誌インタビューでは、相方のウニョクが「ドンヘは自分をしょっちゅう探す」と苦笑したほどだ。兵役も2015年10月にほぼ同時期に入隊し、2017年7月に相次いで除隊している。
「0へ」と呼ばれたバラエティ
2018年に始まったグループのバラエティ番組『SUPER TV』では、バラエティ感が「ゼロ」だとして「0へ(ヨンへ)」というあだ名を付けられた。それでも同番組では氷水に飛び込むなど体を張り、思わぬ笑いを生んでいる。トーク番組への単独出演が少ないのは、照れ屋なうえ、話術に長けたメンバーと比べて自分は面白みに欠けると考えているかららしい。素顔の印象も年月とともに変わった。2017年の『芸能街中継』では、イトゥクが「最近メンバーにすごく甘える」と明かし、甘えん坊ぶりの一番手に彼を挙げた。コンサートで兄メンバーに抱きつく姿も、今ではおなじみの光景である。
霊が見える?初の演技仕事
演技デビューは少し変わった形だった。2006年初めに放送されたSUPER JUNIORのホラー仕立てのドキュメンタリー『Mystery 6』で、幽霊を見たり感じたりできるという彼の「特異体質」が題材になったのである。同年8月にはBoAの韓国版ミュージックビデオドラマ「Key of Heart」で、サイボーグにされてしまう青年を演じた。2011年のアジアソングフェスティバルでは、少女時代のソヒョンとテーマ曲「Dreams Come True」を歌うなど、グループの枠を越えた起用も早い時期から多かった。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- ドンヘ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- オー!ヨンシム 帰ってきた初恋 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 男と女 7年目のジレンマ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08