ホン・ソクチョン
忠清南道青陽郡出身の俳優・タレント・外食経営者。1990年代のシットコムで人気を得た後、2000年に韓国芸能界で初めて同性愛者であることを公表した。長い逆風を経て梨泰院の飲食店経営とバラエティで再起し、近年はYouTube番組『ホン・ソクチョンの宝石箱』でも注目を集める。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
青陽の少年からお笑いの舞台へ
ホン・ソクチョンは1971年、忠清南道青陽郡に生まれ、地方で少年時代を過ごした。本人の話によれば、自分の性的指向に気づき始めたのは小学校高学年のころで、中高生になると周囲との違いをはっきり意識するようになったという。それを受け入れられず、大学時代にはあえて女性と交際してみたこともあったが、やがて自分を偽らずに生きると決めた。漢陽大学で演劇映画を学び、1995年にKBSの大学生向けお笑いコンテストで入賞したのが芸能界入りのきっかけとなった。翌年にはMBCの公募タレントとして本格的に活動を始めている。
活動の歩み
人気絶頂でのカミングアウト
名を広めたのはMBCのシットコム『男三人女三人(남자 셋 여자 셋)』で、女性的な口調で話すキャラクター「プアソン」は流行語を生むほどの当たり役になった。SBSの体当たりバラエティ『出発ドリームチーム』では抜群の運動能力を見せ、むしろ「素顔は男らしい人」という評判すら立っていた。そうした人気の最中の2000年9月、同性愛者であることを公にする。KBSの収録中に打ち明けた話が記者の間に広まり、雑誌の取材に応じた直後、スポーツ紙が刺激的な見出しで一面に載せたのが発端だった。韓国の芸能人として初の公表で、米誌タイムが「アジアの英雄」の枠で取り上げるなど海外の関心も集めたが、国内の世論は激しく揺れ、出演依頼は途絶えた。
飲食店経営と放送界への復帰
放送の仕事が細るなか、2002年に梨泰院でレストランを開いたことが第二の人生の始まりとなる。タイ料理店などを次々と手がけ、最盛期には梨泰院を中心に複数の店舗を構える実業家として知られた。2003年には脚本家キム・スヒョンの強い推薦で、SBSドラマ『완전한 사랑(完全な愛)』の同性愛者役に起用されている。2000年代後半からはケーブル局で明るいキャラクターを前面に出して復帰し、2010年前後には地上波の看板番組にも欠かせない顔となった。一方、新型コロナの影響で客足が途絶え、2020年には梨泰院に残っていた最後の店も閉じた。現在はYouTube番組『ホン・ソクチョンの宝石箱』で若手俳優やアイドルを招くトークが人気を呼び、2025年にはシーズン4に入っている。
エピソード
支えた人、離れた人
公表を決めた直接の理由について、本人は直前の失恋を挙げている。相手が関係を隠すことを望んだためにすれ違い、幸せに生きるには隠さないしかないと考えたという。公表直後は親しかった同僚さえ距離を置かざるを得ず、のちに歌手で俳優のホン・ロッキは「あのとき手を差し伸べられなくてすまなかった」と謝罪した。講演では、慰めてくれていた知人たちが陰で「なぜあいつが出しゃばるのか」と話すのを聞いてしまい、体が凍りついたと語っている。2013年には歌手IUへの応援ツイートを「世界で一番安全なオッパだから」と締めくくって大きな笑いを誘い、自分の店にも同じ趣旨の文句を掲げた。私生活では、離婚した姉の子ども2人を養子に迎えて育てたことを公にしている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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