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ミンニ

민니Minnie
I-dleK-pop俳優・女優歌手

タイ・バンコク出身で、i-dle(旧(G)I-DLE)のメインボーカルを務める歌手である。独特の声色と自作曲で知られ、2025年に初のソロミニアルバム『HER』を発表した。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

バンコクの音楽一家から

1997年10月23日、タイ・バンコク生まれ。本名はニチャー・ヨンタララック。中華系タイ人の家庭に育ち、音楽に親しむ家族の影響で幼いころからピアノを習い、6歳ごろには歌のレッスンも始めた。高校在学中の2014年、通っていたボーカル教室の先生に勧められて、キューブエンターテインメントがタイで開いたオーディションを受けて合格する。当時は韓国語がほとんど話せなかったが、2015年に韓国へ渡って練習生生活を始め、言葉の壁に苦労しながらデビューを目指した。

泣いて過ごした最初の3か月

家族と離れて一人で韓国に渡った彼女にとって、練習生生活の最初の3か月は特に過酷だった。韓国語が話せず、毎日のように泣いて帰国したいと考えていたが、家族から、つらければいつでも帰ってきていいと言われていたことが、かえって踏みとどまる支えになったという。両親が自分を信じて送り出してくれたことを思い、ここまで来たのだから落ち込んでも諦めることはできないと心に決めた。やがて言葉を覚えて周囲と打ち解け、練習を楽しめるようになっていった。

活動の歩み

(G)I-DLEのメインボーカル

2018年5月2日、キューブの新ガールズグループ(G)I-DLEのメンバーとして、デビュー曲「LATATA」でデビューした。ハスキーで甘さのある声はグループのサウンドの中核となり、メインボーカルとしてサビや高音部を任されることが多い。リーダーのソヨンがプロデュースの中心を担うグループの中で、彼女も早くから作詞作曲に関わり、アルバム収録曲に自作曲を送り出してきた。2019年のMnet『Queendom』では、AOAのヘジョンと組んだユニットステージでDEANの「instagram」を歌い、原曲が再びチャートに浮上するほどの反響を呼んだ。2024年末にはメンバー全員がキューブとの再契約を結び、グループは2025年にグループ名から「(G)」を外して「i-dle」に改めている。

ソロ『HER』の発表

2025年1月21日、デビューから約7年を経て初のソロミニアルバム『HER』を発表した。収録曲の制作に自ら深く参加し、グループで見せてきたものとは異なる、自身の声と感性を前面に出した作品に仕上げた。1月7日には先行曲「Blind Eyes Red」を公開し、アルバムにはグループのウギ、WayVのテンも参加した。タイトル曲「HER」には、周囲が抱くイメージの奥に別の自分がいるという思いが込められている。韓国語の歌詞を自分で書くことについては、韓国で10年近く暮らしてもなお簡単ではないと語っており、母語ではない言葉で表現を磨き続ける姿勢がうかがえる。その後もi-dleとしての新作発表や公演と並行して、個人での音楽活動を続けている。

エピソード

言葉の壁と故郷への思い

来韓当初について、彼女は韓国語が分からず苦労したと何度も振り返っており、それでもデビューを果たしたことにやりがいを感じていると語っている。母語のタイ語に加えて英語と韓国語を使いこなす語学力は、海外ファンとの交流でも強みになっている。故郷への思いも強く、2025年12月にはタイで洪水被害に遭った子どもたちのために、国際支援団体を通じて寄付を行ったと伝えられた。

プロフィール

生年月日
1997年10月23日[1]
出生地
バンコク[1]
国籍
タイ王国[1]
職業
K-pop / 俳優・女優 / 歌手[1]
関連グループ
I-dle[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2018年(G)I-DLE: I-TALKAmazonで探す出演[2]
  2. 2021年ホント無理だからAmazonで探す내일 지구가 망해버렸으면 좋겠어出演[3]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. ミンニ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. (G)I-DLE: I-TALK — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  3. ホント無理だから — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09