キュヒョン
SUPER JUNIORのメインボーカルを務める歌手・ミュージカル俳優。2006年に13人目のメンバーとして合流し、K.R.Y.やSuper Junior-Mでも活動した。2014年のソロデビュー以降はバラード歌手として地位を築き、バラエティ番組でも長く存在感を示している。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
教育一家に育った歌手志望
キュヒョン(本名チョ・ギュヒョン)は1988年2月3日、ソウルに生まれた。家は教育関係者の多い堅実な家庭で、父親は息子が歌手を目指すことに強く反対していたという。それでも高校時代から歌への思いは揺るがず、2005年に出場した青少年向けの歌謡祭で入賞したことが転機となり、SMエンターテインメントと縁ができた。芸能活動と並行して学業も手放さず、のちに慶熙大学のポストモダン音楽学科を卒業し、大学院にも進んでいる。卒業時には「苦労して入った大学だから愛着があった」と語り、多忙なアイドルとしては珍しい例として報じられた。
13人目のメンバーとして合流
SUPER JUNIORは当初、メンバーを入れ替えながら活動する12人編成のプロジェクトとして2005年にスタートした。キュヒョンが加わったのは翌2006年5月で、シングル『U』の活動からグループに合流し、固定メンバー13人体制の最後のピースとなった。合流からわずか半年後の同年11月にはイェソン、リョウクとのボーカルユニットSuper Junior-K.R.Y.でもステージに立ち、早くから歌唱力の高さで役割を得ていった。2008年には中国向けユニットSuper Junior-Mにも加わり、活動の場を中華圏へと広げている。
活動の歩み
OSTとミュージカルで広げた歌の領域
2009年にユ・ヨンソクの名曲「7年間の愛」をリメイクして注目を集めると、キュヒョンの声はドラマ制作陣から引っ張りだこになった。2010年のドラマ『パスタ〜恋が出来るまで〜』の挿入歌「듣죠... 그대를」はリアルタイムチャートで1位を記録し、その後も『製パン王キム・タック』『ポセイドン』などのOSTを次々と担当した。同じ2010年末にはミュージカル『三銃士』のダルタニャン役で舞台に初挑戦し、以後『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『太陽を抱く月』『ウェルテル』『モーツァルト!』と出演作を重ねた。除隊後も『笑う男』『ファントム』『フランケンシュタイン』『ベン・ハー』などの大作で主演級を担い、ミュージカル界でも確かな地位を築いている。
ソロ歌手としての飛躍と日本での成功
2014年11月、グループのメンバーとして初めてソロデビューを果たし、ミニアルバムのタイトル曲「光化門で」は配信開始から半日で主要音楽チャートを総なめにした。翌2015年の『다시, 가을이 오면(再び、秋が来たら)』、ソン・シギョンが作曲に加わった2016年の『Waiting, Still』と、バラード作品を重ねて評価を固めた。日本でも2016年からソロツアーを重ね、2017年の初の日本語アルバム『One Voice』はオリコン週間アルバムチャートで1位を獲得した。グループ出身の海外男性ソロとしては初の快挙と伝えられている。
兵役、移籍、そして10周年
2017年5月に社会服務要員として兵役に就き、2019年5月に召集解除となった。復帰後は長年務めた『ラジオスター』のMCには戻らず、『新西遊記』シリーズなどで新たな顔を見せる一方、『覆面歌王』では5連勝して男性アイドルとして初めて「歌王」の座を得た。2020年にはドラマ『賢い医師生活』のOSTとしてイ・スンファンの「고백은 화려하지 않아요(告白は華やかじゃない)」をリメイクし、ヒットさせている。2023年にはソロ活動の拠点をユ・ヒヨルが率いるアンテナへ移したが、SUPER JUNIORとしての活動は続けている。2024年11月には初のフルアルバム『COLORS』を発表し、同年12月のソウル公演を皮切りにアジア各地を回るソロデビュー10周年ツアーを開催した。
エピソード
死の淵から戻った2007年の事故
キュヒョンを語るうえで欠かせないのが、2007年4月19日の交通事故である。ラジオ出演を終え、イトゥク、シンドン、ウニョクと宿舎へ戻る途中、ソウル・オリンピック大路でワゴン車が事故を起こした。後部座席で横になっていたキュヒョンはシートベルトをしておらず、車外へ大きく投げ出され、肋骨と骨盤を折ったうえ、折れた骨が肺を傷つける重傷を負った。数日間意識が戻らず、医師から家族に厳しい見通しが告げられたほどだった。首から管を通す手術は声帯を損なう恐れがあったため、父親は「この子は歌う子なんです」と訴えて反対し、別の方法で手術が行われたという。あれほど歌手の道に反対していた父のこの決断を、キュヒョンは後に知って深く感謝したと語っている。
バラエティで見せた素顔
歌唱力と並んでキュヒョンの人気を支えてきたのがバラエティでの存在感である。2011年秋、同じグループのキム・ヒチョルの後任としてMBC『ラジオスター』のMCに加わり、兵役に就くまでの約6年間、ベテランMCに囲まれた最年少として番組を支えた。召集解除後には復帰の打診もあったと伝えられるが、本人は戻らない道を選んだ。代わりに合流したのがナ・ヨンソクPDの『新西遊記』シリーズで、入隊前から縁のあった番組に再び参加し、メンバーとの軽妙な掛け合いで新たなファン層をつかんだ。『カン食堂』や『しょっぱい旅(짠내투어)』にも出演し、歌手・ミュージカル俳優とは違う親しみやすい顔を見せている。
後遺症と、事故から得た教訓
奇跡的に回復したキュヒョンは約半年で活動に戻ったが、しばらくは振り付けを満足にこなせず、自分のパートだけ歌ってステージを降りることもあった。骨盤の損傷で身長が2センチ縮んだことも本人が明かしている。この事故以降、シートベルトがない車には乗れないほど安全意識が強くなり、2011年に再び移動中の事故に遭った際にはベルトのおかげで大事に至らなかった。2016年8月には声帯結節の治療のため、出演中のミュージカルなどを一時休んだこともある。2022年秋からは交通事故映像を扱うJTBCの番組『ハン・ムンチョルのブラックボックスレビュー』に固定出演しており、つらい記憶を呼び起こしかねない題材に向き合う姿勢がファンの間で話題になった。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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