イ・セドル
1983年生まれ、全羅南道新安郡の飛禽島出身の囲碁棋士。世界戦で通算18回の優勝を誇り、2016年にはAI「AlphaGo」と五番勝負を戦って1勝を挙げた。2019年に現役を退き、その後はボードゲーム開発や大学での教育、バラエティー出演へと活動の場を広げている。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
島で育った囲碁一家の末っ子
イ・セドルは1983年3月2日、全羅南道新安郡の離島・飛禽島に生まれた。家は囲碁と縁が深く、教員出身でアマチュア五段の腕前だった父が、子どもたちに自ら碁を教えた。5人きょうだいはみな父から碁を習い、兄のイ・サンフンはのちにプロ棋士になった。セドルが石を握ったのは5歳のころで、父を相手に打つうちに島では相手が見つからないほどの棋力を身につけていった。少年時代のメディアは彼に「飛禽島の少年」という呼び名を付け、この島の名は今も彼の代名詞の一つになっている。
9歳で上京、12歳でプロ入り
本格的に棋士を目指すため、イ・セドルは9歳のころ親元を離れてソウルへ移った。身を寄せたのは、のちに多くの世界王者を育てることになる権甲龍九段の道場で、ここでプロを目指す本格的な修業が始まった。道場には同世代の有望株が集まり、互いに競い合う環境が彼の攻撃的な碁風を鍛えたといわれる。そして1995年、12歳で入段を果たす。韓国囲碁界でも屈指の早さでのプロ入りだった。権甲龍九段は2023年1月に66歳で死去したが、その門下からはイ・セドルを含め8人の世界王者が出ている。
活動の歩み
「不敗の少年」から世界王者へ
プロ入り後のイ・セドルは、2000年に32連勝を記録して一気に頭角を現した。2002年には三段の身で富士通杯を制し、世界戦の最低段位優勝という記録を打ち立てる。翌2003年のLG杯決勝では、当時の第一人者イ・チャンホを破って名実ともにトップ棋士の仲間入りを果たした。その後もLG杯、三星火災杯、トヨタ・デンソー杯、春蘭杯、BCカード杯など主要国際棋戦で次々に優勝を重ね、国内タイトルも数多く手にし、世界戦の優勝は18回に達した。2010年の広州アジア大会では男子団体の金メダルにも貢献している。読みの深さと、劣勢からでも局面を揺さぶる勝負強さから名前をもじった「セン(強い)ドル」の異名で呼ばれた。
休職騒動と古力との十番碁
第一人者の座にありながら、イ・セドルは組織との摩擦も多かった。2009年には韓国囲碁リーグへの不参加をめぐって棋士会と対立し、懲戒が議決されたことに反発して長期の休職届を提出する。囲碁界を揺るがした騒動だったが、結局半年ほどで復帰した。2014年には中国のトップ棋士・古力九段と、互いのキャリアを懸けた「十番碁」に臨む。賞金500万元という破格の企画で、イ・セドルは8局目までに6勝2敗として勝負を決めた。全盛期の実力を改めて示したこの対決は、彼の名を中国でもいっそう強く印象づけることになった。
AlphaGo戦、そして引退
2016年3月、イ・セドルはGoogle DeepMindの囲碁AI「AlphaGo」との五番勝負に挑んだ。対局前は「5-0か4-1で勝つ」と見込んでいたが、第1局から3連敗。それでも第4局で白78手目の妙手を放ち、AIを崩して1勝をもぎ取った。最終成績は1勝4敗で、AlphaGoに公式戦で勝った唯一の人間として記憶されている。同年には棋士会を脱退し、脱退後も賞金から差し引かれ続けた分の返還を求め、2019年には韓国棋院に対して法的措置も辞さない構えを示した。成績が下降するなか、2019年11月に「AIという、どうしても勝てない存在がいる」との趣旨で引退を表明。同年12月には韓国製AI「ハンドル」と引退対局を行い、第1局で勝利を収めて1勝2敗で現役を終えた。
盤を離れた第二の人生
引退後のイ・セドルは、囲碁で培った思考力を別の分野に生かしている。ボードゲームの開発に携わってゲーム制作者としての顔を持つようになり、蔚山科学技術院(UNIST)では特任教授として学生と向き合う。2025年にはNetflixの頭脳サバイバル番組『デビルズ・プラン』シーズン2に出演し、芸能人やアナウンサーらと心理戦・戦略ゲームで競って新たなファン層を獲得した。2026年3月には、AIと相談しながらその場で囲碁アプリを作る実演を行い、改めて「AIに人が勝つのは事実上不可能」と語って話題を呼んだ。
エピソード
「人間ではなく、イ・セドルが負けた」
AlphaGo戦での発言は、今も語り草になっている。3連敗で敗北が確定した記者会見では、「人間が負けたのではなく、イ・セドルが負けたのだ」と述べ、責任を一身に引き受けた。第4局で勝った直後には、これほど祝福された1勝は初めてで、何物にも代えられない勝利だと喜びを語っている。あの78手目について問われると、その場面ではほかの手が見えなかったと淡々と答えた。のちに公開されたドキュメンタリーでは、AlphaGo自身がこの手を人間が打つ確率を1万分の1程度と見積もっていたことが明かされ、彼の読みの非凡さを裏付けた。
率直すぎる発言と「誤解」
囲碁界では対局前に「一手学ばせていただきます」と謙遜するのが定番だが、イ・セドルはその型に収まらない受け答えで知られた。2003年のLG杯を前にした取材では、好きな棋士を問われて「皆いい棋士だが、誰も尊敬はしない」と返している。ヨセの名人と比べられた際の「ヨセで負けたことは一度もない」という返答も有名だ。ただ、この「毒舌家」の評判が独り歩きし、言っていない言葉まで本人のものとして出回った。よく引用される「負ける自信がない」について、本人は仲間内の冗談が公の発言のように広まって困惑したと説明している。また呉清源を研究したことがないと語ったという話も誤りで、実際には中盤の創造性では呉清源に永遠に追いつけないと最大級の敬意を払っていた。
後進への目と家庭
勝負師としての鋭さの一方で、後輩への関心も深い。若手時代のシン・ミンジュンを内弟子として迎えたのは、自分とは正反対の粘り強い碁風に興味を持ったからだと明かしている。中国の柯潔から「イ・セドルが勝つ確率は5%」と挑発された際にも、若者らしい自信の表れだと受け流し、かつての自分も似たような物言いをしていたと笑った。2018年には済州島で柯潔との特別対局に臨み、終盤のもつれを制して1目半差で逆転勝ちしている。私生活では2006年に一般女性と結婚し、娘がいる。家庭を持ち中堅の年齢に差しかかるころには、若い頃の尖ったイメージも次第に影を潜めていった。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- イ・セドル — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- The Devil's Plan, season 2 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09