テヨン
テヨンは韓国の歌手で、少女時代のリーダー兼メインボーカルである。2007年に少女時代としてデビューし、ドラマOST「만약에」などで歌唱力を知られた。2015年に『I』でソロデビューし、2025年にはソロ10周年のベストアルバムを発表した。[3][4][10]
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-08
生い立ちとデビューまで
全州から通ったレッスン
テヨンは1989年、全羅北道の全州で生まれた。歌手への道を本格的に歩み始めたのは中学2年だった2003年で、SMエンタテインメントが運営するアカデミー「スターライト」の地方ボーカル科に入った。地方に住みながらのレッスンだったため、毎週日曜日に父親と一緒に全州とソウルを行き来し、およそ1年にわたって指導を受けたという。当時のボーカル講師が歌手のザ・ワン(The One)で、彼女は2004年、まだ15歳のときに師のアルバム2集の収録曲「You Bring Me Joy (Part 2)」に参加している。デビュー前から、将来を期待させる存在感を示していたと評されている。[3][4]
コンテスト大賞から少女時代へ
転機は2004年8月の「SM青少年ベストコンテスト」だった。1万対1に近いといわれた競争を勝ち抜き、歌部門の1位と総合大賞をあわせて受賞したことで、SMエンタテインメントに正式にスカウトされ、練習生生活が始まった。その後およそ3年の練習期間を経て、2007年8月5日に少女時代のメンバーとしてデビューした。グループではリーダーとメインボーカルを任され、デビュー曲「다시 만난 세계(また巡り逢えた世界)」では伸びやかな歌声で注目を集めた。豊かな声量と広い音域は、音楽関係者からも高く評価されてきた。[3][4]
活動の歩み
グループの中心とソロの声
少女時代では「Gee」「소원을 말해봐(Genie)」「Oh!」「Run Devil Run」「I Got a Boy」「Lion Heart」など、グループのヒット曲で中心的な歌唱パートを担ってきた。ユニット「少女時代-テティソ」「少女時代-Oh!GG」のメンバーとしても活動している。一方で、グループとは別に歌い手としての評価を高めたのがドラマのOSTである。2008年のKBS2『快刀ホン・ギルドン』の挿入歌「만약에(もしも)」はドラマ以上の人気を集め、長くカラオケの定番曲になった。続いてMBC『ベートーベン・ウイルス』のOST「들리나요(聞こえますか)」でも切ない歌声が話題となり、デビューから間もない時期にソロボーカリストとしての存在感を示した。[4][3]
ラジオDJとミュージカル
音楽以外の場でも早くから活躍した。2008年4月からはMBC FM4Uのラジオ番組『친한 친구(親しい友達)』のDJを務め、途中からは単独で進行を担った。2010年4月25日の放送で2年間の担当を終えると、間を置かずに同年5月のミュージカル『太陽の歌』で主演に起用され、太陽の光を浴びられない病を抱えるヒロインのカオルを演じた。少女時代のメンバーでミュージカルに出演したのはジェシカに次いで2人目だった。当時はKBS2のトーク番組『勝勝長駆』にも固定出演しており、グループの初のアジアツアーとも並行する多忙な時期だった。[6]
ソロデビューと「信じて聴くテヨン」
デビュー8年目の2015年10月7日、初のソロアルバム『I』を発表した。ラッパーのヴァーバル・ジントが参加したタイトル曲「I」は主要8つの音楽配信チャートで1位を独占し、年末の授賞式では女性歌手賞を受けた。SMの音楽配信企画「STATION」の第1弾として出した「Rain」もヒットし、初の単独コンサートを開催。2017年2月には初のソロ正規アルバム『My Voice』を出し、タイトル曲「Fine」で音楽番組1位を獲得した。発表する曲がことごとく支持されたことから「믿고 듣는 태연(信じて聴くテヨン)」と呼ばれるようになった。2020年12月には「What Do I Call You」でカムバックし、同じ年にはtvNのバラエティ『놀라운 토요일』の固定メンバーにも加わった。[3][4][7]
台北ドームとソロ10周年
ソロ歌手としての活動は海外の大舞台へと広がった。2025年3月16日には台湾の台北ドームで単独コンサート「The TENSE」を開き、同会場で公演した中華圏のジェイ・チョウ、アーメイに続く3組目で、海外の歌手としては初めての公演となった。その後もマニラ、ジャカルタ、東京、シンガポール、バンコク、香港を回るツアーが組まれた。同年12月1日にはソロデビュー10周年を記念して初のコンピレーションアルバム『Panorama : The Best of TAEYEON』を発表し、新曲「인사 (Panorama)」を含む24トラックで10年の歩みをまとめた。SMは2026年8月、彼女の正規アルバムを同年第4四半期に出す計画を明らかにしている。[9][10][11]
エピソード
「만약에」は初めて自分流に
出世作となった「만약에」には、本人が明かした制作の裏話がある。JTBCの番組『ヒドゥンシンガー3』に出演した際、デビュー初期の録音ではディレクターの助けを借りることもあったが、この曲は初めて自分の考えどおりに歌った作品だったと語った。受け取った仮歌は男性の声で歌われていたが、そのままでは面白くないと感じ、サビを裏声に切り替えて歌ったという。地声と裏声を行き来する難しい歌い方で、番組に出演したイ・セジュンは、テヨンの魅力を最も強く感じられる曲だと評した。この曲は後に、グループのメンバーとしてではなく「ソロのテヨン」が注目される出発点になったと評されている。[5][4]
ラジオ最終回の涙
2年間務めたラジオ『친한 친구』の最終回では、リスナーとの別れを前に涙を見せた。テヨンは冒頭から「今日はなぜ始まりからこんなに違うんでしょう」と切り出し、明るい声を保とうとしたが、リスナーからの便りや、直前の時間帯を担当するペ・チョルスらの応援メッセージを聞くうちに、見えるラジオの映像の中で涙をこぼした。番組の第2部には少女時代のメンバー全員が特別ゲストとして登場している。テヨンは番組に来るたびに家に帰ってくるような気持ちだったと語り、最後に「また戻ってくる」と約束して放送を締めくくった。リスナーも歌を録音して贈り、別れを惜しんだ。[6]
残り香のように
2024年の『ヴォーグ・コリア』のインタビューでは、仕事への向き合い方を率直に語っている。自分に厳しい完璧主義で、振り返ると燃え尽きに近い時期もあったが、ファンから受け取ったものが大きく、簡単には立ち止まれなかったという。新人の頃は一度で強く印象を残したかったが、長く働くうちに余裕が必要だと感じ、一生の仕事なのだから焦らずゆっくり見せていこうと考えるようになった。歌詞は、どんな状況の人でも共感できるよう一つのテーマに決めつけないことをソロ初期から方針にしており、「I」もそうして生まれた曲だと明かす。声については、高音でも鋭くならず耳が疲れない「最大限の心地よさ」を目標にしているという。[8]
10年目のあいさつ
ソロ10周年のベスト盤に際した一問一答では、ソロデビュー曲「I」の新たなバージョンを収めた理由について、自分にとってあまりにも象徴的な曲になったので、既存曲の魅力を別の視点から表現してみたかったと説明した。収録できずに惜しい曲を一つ挙げるよう求められると、一つには絞れないとして、ミニアルバム3集の「Circus」と「Something New」の2曲を挙げている。新曲「인사 (Panorama)」は、過去の自分と未来の自分に大切なあいさつを送る内容で、ファンを思いながら生まれた曲だという。これからの10年については、もっと穏やかで幸せになり、自分自身に対してもより堂々としていたいと語った。[10]
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- テヨン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- ペットケージ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- スターボックス:テヨン(少女時代)KBS/公式一次情報/確認日 2026-10-08
- ソロのテヨンはいかにして皆の憧れになったかエクスポーツニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- 『ヒドゥンシンガー3』テヨン、「만약에」の裏話を明かすエクスポーツニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- テヨン、『親しい友達』最終回で涙スターニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- テヨン、『놀라운 토요일』の固定メンバーに合流ノーカットニュース/参考出典/確認日 2026-10-08
- テヨン「ほのかで柔らかな残り香として残りたい」ヴォーグ・コリア/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
- ソロデビュー10周年のテヨン、海外歌手として初めて台北ドームへニューシス/参考出典/確認日 2026-10-08
- ソロデビュー10周年のテヨン「いつも感謝の気持ちで歌う」(一問一答)毎日経済(スタートゥデイ)/本人・関係者インタビュー/確認日 2026-10-08
- SM、下半期のカムバック計画を発表スターニュース/参考出典/確認日 2026-10-08