ヤン・セチャン
ヤン・セチャンは1986年生まれの韓国のコメディアンである。2005年にSBSの公開コメディでデビューし、『コメディビッグリーグ』で長く舞台に立った後、2017年から『ランニングマン』のレギュラーとして活躍している。兄はコメディアンのヤン・セヒョン。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
兄の舞台に憧れて
1986年12月8日、京畿道東豆川市に二人兄弟の次男として生まれた。兄は同じくコメディアンのヤン・セヒョンである。芸人を志したきっかけは、クリスマスに恋人と兄の劇団の公演を観に行ったことだったという。兄は当初、弟が同じ道に進むことに反対したが、ヤン・セチャンは結局同じ劇団に入団した。二人は兄弟であることを周囲に伏せると約束し、兄も彼をほかの後輩と分け隔てなく扱ったとされる。その後、自力で実力を認められてから団員たちに兄弟であることを明かした。デビュー前にはファストフード店でアルバイトをしていた経験もあり、後年それが料理の手際の良さにつながっていると番組で語られている。
活動の歩み
公開コメディで鍛えた20年
2005年、SBS『笑いを探す人々(ウッチャッサ)』のコーナーでデビューした。2008年にはイ・ヨンジン、イ・ジノらと組んだコーナー「ウンイのお父さん」が番組の看板となり、同年のSBS芸能大賞でコメディ部門最優秀賞を受賞。この仲間と歌手ユニット「ウンイネ」を結成したこともある。2010年からMBCの公開コメディに移り、同年7月から2012年4月まで国防広報院の広報支援隊で兵役を務めた。除隊後はtvN『コメディビッグリーグ』に合流し、イ・ヨンジンとのコンビで北朝鮮の工作員を題材にしたコーナーを連勝に導いてシーズン優勝と男性MVPを手にした。チャン・ドヨンと夫婦や恋人を演じた「is ムォンドゥル」シリーズなど、演技力を生かしたコントで長く第一線に立ち続けた。
『ランニングマン』の一員に
2017年4月、ゲイリーの後任としてチョン・ソミンとともに『ランニングマン』の新メンバーに加わった。合流直前の番組は視聴率が低迷しており、起死回生の補強と見られていた。加入当初は目立つ場面が少なかったが、2019年頃から存在感が増し、同年のSBS芸能大賞でショー・バラエティ部門優秀賞、2021年には同バラエティ部門最優秀賞を受賞。一つの授賞式でコメディとバラエティの両部門の最優秀賞を得た人物となった。2022年にはMBC『救ってくれ!ホームズ』でMBC放送芸能大賞の優秀賞も受けている。2024年1月にアンテナへ移籍し、2025年に後輩チ・イェウンが加わって末っ子の立場を卒業した。2026年の放送でも、16年続く番組の歴史を語る場面で「お前は16年じゃないだろう」といじられるなど、10年目の古株として笑いを生んでいる。
エピソード
「カンカンイ」誕生と闘病
『ランニングマン』で定着したあだ名「カンカンイ」は、本人が生み出した言葉である。クイズ対決でユ・ジェソクに自分を売り込む際、「カンカンイを連れて行ってください」と頭を叩いてみせたのが受け、知識不足をいじられるキャラクターを自ら笑いに変えた。一方で2013年には甲状腺の乳頭がんと診断され、『コメディビッグリーグ』を一時離れたが、手術を経て舞台に戻っている。兵役中の軍のサイン会では、イ・ドンウクら人気俳優と並んで座ったものの、自分の前には一人も並ばなかったという笑い話を後にトーク番組で披露している。コメディアンのパク・ナレが『ラジオスター』で彼に片思いしていたと明かし、知名度が上がるきっかけになったことも知られている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
- 2024年아파트404出演[2]
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- ヤン・セチャン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 아파트404 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08