キム・ビョンギ
キム・ビョンギは1948年生まれの俳優。1969年にKBS公募タレント8期で入社し、『今、平壌では』の金正日役で一躍スターに。その後は財閥会長や重厚な悪役、忠臣役で半世紀以上活躍している。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
父の反対を押し切って
1948年、黄海道平山郡の生まれ。幼いうちに家族と南へ移り、京畿道坡州で少年時代を送った。演技に惹かれたのは徐羅伐高校の演劇部に入ってからで、在学中は舞台に打ち込んだ。ところが演劇の道へ進もうとすると父が強く反対し、彼は家を飛び出して2日間さまよったのち、父に黙って徐羅伐芸術大学演劇映画科の願書を出して合格する。それでも学費は出してもらえず、最後は母に懇願して締め切り間際に入学手続きを済ませた。息子の覚悟を見た父は、それ以降は一転して応援に回ったという。大学3年生だった1969年、KBSの第8期公募タレントに合格し、『女高同窓生』の医師役でテレビに初めて登場した。
活動の歩み
金正日役とその後
下積み時代は『KBS舞台』や戦争ドラマ『戦友』などで腕を磨き、1977年にはKBS演技大賞で最優秀男性演技賞を受けている。全国的な知名度を得たのは、1982年から3年にわたって放送された『지금 평양에선』(今、平壌では)で、金正日を演じたことによる。この役があまりにはまったため、その後しばらくはイメージを払拭するのに苦労したという。現代劇では財閥会長や権力者、悪役が多い一方、『武人時代』のノ・イヌや『第5共和国』のノ・シニョンのような一本気な忠臣も得意とし、2007年にはMBC演技大賞で中堅俳優部門の黄金演技賞を受賞した。70代に入っても出演は途切れず、『99億の女』『黒い太陽』『オアシス』を経て、2026年の『判事イ・ハニョン』にも顔を見せている。
エピソード
心に残る別れ
父親は60歳を迎える前に世を去ったが、そのとき彼は8・15特集ドラマの撮影に追われ、最期に間に合わなかった。『今、平壌では』でブレイクする前のことである。病院に駆けつけて亡骸に頬をすり寄せて泣いたといい、何十年が過ぎても悔いとして胸に残っていると語っている。家族思いを物語る話はもうひとつある。義母が亡くなったとき、彼は芸能人サッカー大会で脚を骨折してギプスをしていたが、ギプスを外して不自由な脚のまま弔問客を迎え、葬儀を最後まで取り仕切った。妻はこのときの感謝を生涯忘れないと話している。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・ビョンギ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 左利きの妻 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08