キム・チャンワン
兄弟バンド「サヌリム」の長兄として韓国ロックの源流を築いたミュージシャン。童謡作家、長寿ラジオDJ、さらに『白い巨塔』以降は老獪な悪役もこなす俳優として、半世紀近く第一線に立つ。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
「潜水服」を買いに行こうとした秀才
1954年ソウル生まれ。幼い頃、年上の友達について小学校に通ううちに1年生の内容を覚えてしまい、いざ入学する年になると泣いて訴え、2年生に入れてもらったという。名門・中央高校からソウル大学農科大学の蚕糸学科に進んだが、本人いわく担任が願書を出した通りに進学しただけで、合格した学科名を友人から聞いて「潜水」の学科だと勘違いし、潜水服を買いに南大門市場へ行こうと考えたという笑い話が残っている。本当は音大か美大に行きたかったが、実技試験が必要なことすら知らなかった。父親が退職金を映画に投資して失敗し、家計が傾いた時期もあった。
兄弟3人でサヌリム結成
弟のキム・チャンフン、キム・チャンイクと組んだ兄弟バンド「サヌリム」は、1977年のアルバム『サヌリム新曲集』でデビューした。デビュー前にすでに三桁にのぼる曲を自宅で書きためていたとされ、カバー曲中心の当時のバンドとは一線を画した。単純なコード進行、実験的な音作り、とぼけていながら鋭い歌詞は、後に「韓国パンクの元祖」と呼ばれるほど独自で、大麻事件の余波で韓国ロックが冷え込んだ時代を支える存在となった。
活動の歩み
ロック、童謡、そしてラジオ
サヌリムはサイケデリックからハードなロック、フォークやバラードへと作風を変えながら13枚の正規作を残した。並行して子ども向けの歌にも力を注ぎ、「いたずらっ子」や「山のおじいさん」などの童謡や、ドラマ『ひとつ屋根の三家族』『順風産婦人科』の主題歌も担当した。ラジオDJとしても長く、2000年からはSBSパワーFMの朝番組『美しいこの朝 キム・チャンワンです』を20年以上担当。2024年3月に降板した後は、同じSBSのラブFMで夕方の番組『6時 夕風 キム・チャンワンです』を受け持っている。末弟の事故死でサヌリムが事実上活動を終えた後は、「キム・チャンワン・バンド」を率いてロックフェスにも出演している。
悪役で開いた俳優の新境地
1980年代から子ども向けミュージカルの音楽を手がけ、ドラマにも顔を出すようになった。2000年の子ども向けドラマ『妖精コンミ』では主人公の素朴な父親役で親しまれた。転機は2007年『白い巨塔』の副院長ウ・ヨンギル役で、雑誌のグラビアで見せた悪役風の姿がアン・パンソク監督の目に留まっての起用だったとされる。翌2008年の『一枝梅』では弟を謀反の罪で葬る王・仁祖を演じ、腹黒い権力者役が定番となる一方、『コーヒープリンス1号店』の社長のような温かい役もこなす。『星から来たあなた』『サイコだけど大丈夫』などで海外の視聴者にも顔を知られ、2026年にもKBSドラマ『愛を処方いたします』に出演している。
エピソード
弟への歌と「お金」の哲学
末弟チャンイクを事故で亡くした後、彼を奪ったフォークリフトを題名にした曲「Forklift」を書いた。悲しい歌にならないよう願ったが、淡々とした曲になり、歌ううちに自分の方が慰められたと語っている。その経験から音楽だけが自分を救うと考え、バンド活動を再開した。2018年には、契約金の未払いや撮影の遅れが続いた事前制作ドラマ『獅子』から降板を通告している。同じ年、サヌリム時代の楽曲の権利をめぐってレコード会社を訴えた裁判にも勝訴した。一方、2003年10月には撮影で訪れた江華島でスタッフとマッコリを飲んだ後に運転し、飲酒運転で摘発されたこともある。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・チャンワン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- サイコだけど大丈夫 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 本物(チンチャ)が現れた!~まさか結婚するなんて~ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 花郎 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08