クァク・ドウォン
ソウル出身の俳優。高校卒業後すぐ劇団に入り、十数年の舞台生活を経て映画界へ転じた。『悪いやつら』の検事、『弁護人』の警監、主演作『哭声/コクソン』で知られる演技派だが、2022年の飲酒運転で活動を中断し、2025年に復帰した。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
一本の芝居に魅せられて
クァク・ドウォンは本名をクァク・ビョンギュといい、ソウルで生まれた。演劇の道を選んだのは高校2年生の時で、教会の年上の知人に誘われて観た『プンバ』にすっかり心を奪われたのが始まりだったと語っている。進学はせず、卒業と同時に劇団へ飛び込んだ。年に200万ウォン程度しか稼げなかったが、劇団で寝食がまかなえたため、たばこと下着を買う金さえあれば困らなかったという。もっとも最初の1年は稽古どころか掃除に明け暮れた。酒の席で先輩にしかめ面の理由を聞かれて泣き崩れたのを機に、独白を集めた演技の教本を手渡され、それを相手に一人で練習を重ねたことが、俳優としての本当の出発点になった。
児童劇から演戯団コリペへ
ようやく立った初舞台は本人も認める出来の悪さで、舞台を降りるとまた涙を流した。内気な性格を克服しようと努め、先輩に勧められた児童劇の舞台を何年も踏むうちに度胸がついていった。ところが母親が高血圧で倒れて亡くなると演技から離れ、照明のアルバイトで生計を立てた時期がある。再起のきっかけは地下鉄で見かけた演戯団コリペのワークショップの広告で、27歳の年の暮れに慶尚南道密陽へ移り住み、舞台での立ち方から歩き方、話し方まで基礎を叩き直された。そこから7年間は芝居一色の生活を送ったが、劇団を率いたイ・ユンテクとの関係はこじれ、双方が互いを批判している。この不和が、結果的に彼を映画の世界へ向かわせることになった。
活動の歩み
強烈な脇役として映画界へ
舞台から映画へ移ったクァク・ドウォンの名を広く知らしめたのは、2012年の『悪いやつら』(原題『犯罪との戦争:悪いやつらの全盛時代』)である。検事チョ・ボムソクを演じ、ヤクザと見紛うほどの荒々しさで観客の記憶に残った。翌2013年の『弁護人』では、歪んだ愛国心と信念に凝り固まった警監チャ・ドンヨンを演じ、憎まれ役としての存在感を決定づけた。2020年の『KCIA 南山の部長たち』をはじめ、骨太な話題作に欠かせない顔となっていく。
主演作と飲酒運転による中断
2016年の『哭声/コクソン』では、村で起きる怪事件に翻弄され、娘を守ろうともがく田舎の警察官ジョング役で主演を務め、主演俳優としての評価を得た。しかし2022年9月、済州で血中アルコール濃度0.158%の状態で約10km運転して摘発され、罰金1,000万ウォンの略式命令を受けた。以後すべての活動を止め、出演作の公開も相次いで延期された。公開が待たれていた主演映画『消防士』は2024年12月に公開され、ベテラン隊長役が改めて注目を集めた。2025年には演劇での復帰が取り消される曲折を経て、同年末TVINGドラマ『ヴィランズ』で腐敗刑事役として正式に活動を再開し、謝罪文で「言葉ではなく生き方で示す」との趣旨を述べた。
エピソード
観客3人のスマーフ
下積み時代の笑い話として本人が好んで語るのが、児童劇『スマーフ』の公演である。観客は親子3人だけで、それも上演中に次々と席を立ち、役者たちは落胆して楽屋に引っ込んだ。ところが家族が戻ってきて終わったのかと尋ねたため、ガーガメル役の先輩がどこまで観たかを確かめ、一座はその場面から歌と踊りをやり直したという。この話はラジオ番組の名物投稿としても知られている。コリペ時代には20人分の1日の食費が1万2,000ウォンしかなかったとも明かしており、苦しい日々を笑い話に変えて語る人柄がうかがえる。なお#MeToo運動の際には彼の名も挙がったが、告発された時期には既に劇団を離れていたことがわかり、疑いは晴れたとされる。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。
- クァク・ドウォン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- KCIA 南山の部長たち — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08