サ・クラ
宮脇咲良(サクラ)は鹿児島出身の歌手である。2011年にHKT48でデビューし、AKB48でもセンターを務めた。2018年に『PRODUCE 48』を2位で通過してIZ*ONEに参加し、2022年からはHYBE傘下のLE SSERAFIMのメンバーとして韓国を拠点に活動している。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
鹿児島の田舎で育つ
宮脇咲良(サクラ)は1998年3月19日、鹿児島市で生まれた。小学校に上がるまでは忙しい母に代わって祖父母に育てられ、周りに田んぼと畑しかない土地で、放課後は小川で泳ぎ、雪がちらつけば泥まじりの雪だるまを作って遊んだという。極端な人見知りで、知らない人に挨拶ができず、学校でも言いたいことを言えないまま帰宅するような子どもだった。心配した両親が性格を変えるきっかけにと通わせたのがミュージカル教室で、声優・俳優の上白石萌音とはこの鹿児島のミュージカルスクールで知り合っている。12歳だった2010年には、ミュージカル好きの娘のために母がニューヨークのブロードウェイへ短期間連れて行ってくれた。
医師志望からアイドルへ
幼い頃の夢は作家、ミュージカル俳優、そして産婦人科医。年の離れた弟が生まれる瞬間に立ち会い、自らへその緒を切った経験がきっかけだった。HKT48のオーディションは運試しのつもりで、落ちたら医師を目指して勉強を続けるつもりだったが、2011年に1期生として合格する。同年10月の握手会で初めてファンの前に立ち、11月には劇場公演でデビューした。芸能活動を認めてもらうために学業にも全力を注ぎ、大晦日の夜も机に向かっていて年が明けたことに気づかなかったというエピソードもある。加入当初は148cmと小柄だったが、その後の4年ほどで15cmも背が伸びた。
新しい始まりの選択
2021年4月にIZ*ONEの活動を終えて帰国した彼女は、同年6月にHKT48も卒業し、約10年にわたる日本でのアイドル活動に区切りをつけた。そして8月、再び韓国へ渡る。HYBE傘下のソースミュージックでの約8か月は、デビューが約束されたうえでの練習生生活だったが、本格的な韓国語の授業を受け、ボーカルとダンスを基礎からやり直し、毎月の評価も受けた。本人は想像以上に大変だったと振り返りつつ、自分にどうしても必要な大切な時間だったと語っている。移籍の際に唯一出した条件が「リーダーはしない」ことだったというのも、後に明かされた話である。
活動の歩み
HKT48からAKB48の中心へ
HKT48では早くから頭角を現し、2014年にはAKB48チームAとの兼任が決まった。同年のAKB48『希望的リフレイン』では渡辺麻友とのダブルセンターに抜擢され、2015年にはHKT48『12秒』でセンター、2016年にはAKB48『君はメロディー』で単独センターを務めた。ファン投票で順位が決まる選抜総選挙では、初参加の2012年は47位だったが、翌年の26位を経て2014年に11位で初の選抜入り、2018年には自己最高の3位にまで上り詰めた。48グループの顔の一人として、テレビやライブで存在感を発揮した時期である。
PRODUCE 48からIZ*ONEへ
2018年、韓国Mnetのオーディション番組『PRODUCE 48』に参加した。日本のアイドルとして活動してきた彼女は本格的なダンス訓練の経験が乏しく、番組中は実力不足を指摘されることもあったが、最終順位2位でデビューを勝ち取る。同年10月29日にIZ*ONEとしてデビューし、2021年4月までの約2年半、日韓合作グループの一員として活動した。この間はHKT48の活動を休止して専念している。ダンスは着実に伸び、2020年の『幻想童話』ではダンスブレイクのメンバーに選ばれた。成長を称える声に触れて一人で泣いたと、ファン向けのメッセージで明かしている。
LE SSERAFIMでの再デビュー
2022年4月4日、HYBE初のガールズグループの最初のメンバーとして公開され、個人ティーザーは世界的な話題となった。5月2日にLE SSERAFIMとして『FEARLESS』でデビューし、デビュー当時の映像には、IZ*ONE時代からの実力の伸びに驚くコメントが数多く寄せられた。グループの最年長だがリーダーは務めず、日本での活動ではトークやインタビューを率先して担っている。2023年の英語曲『Perfect Night』ではボーカルが高く評価され、2024年の『CRAZY』では自ら書いた「I'm an otaku bestie」というパートが話題を呼び、米MTVのVMAのプレショーでは現地の観客が合唱した。
歌い手としての広がり
作詞への参加も増え、2025年の『SPAGHETTI (feat. j-hope of BTS)』などに名を連ねている。2024年末のNHK紅白歌合戦では、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴とディズニー映画『塔の上のラプンツェル』の劇中歌『輝く未来』をデュエットし、柔らかな歌声が好評を得た。冠番組のウェブバラエティ『겁도 없꾸라』(怖いもの知らずのクラ)では進行役を務め、2026年もグループの新曲『BOOMPALA』や9月の『Made My Night』で活動を続けている。
エピソード
コーチェラ後の長文
2024年4月、LE SSERAFIMは米国の大型フェス「コーチェラ」に出演したが、激しいダンスに比べて歌が不安定だとしてライブ力を巡る批判が巻き起こった。サクラは4月15日、ファンコミュニティのWeverseに日本語で長文を投稿。デビューから2年足らずのグループが胸を張って全力を尽くした舞台であり、未熟に見えたとしても自分たちにとって最高のステージだったことは揺るがないと綴った。完璧な人間はいないとしたうえで、より良いチームになるために努力すると約束し、自分を信じ続けると結んでいる。投稿には励ましの声が集まった一方で、自己評価が甘いという冷ややかな反応も少なくなかった。
封印できない『夢でKiss me!』
HKT48時代に歌ったソロ曲『夢でKiss me!』は、韓国に渡ってから思わぬ形で再び脚光を浴びた。ふわりと広がるスカートに甘いセリフ入りという、いかにも日本のアイドルらしいこの曲をLE SSERAFIMのメンバーたちが気に入り、動画コンテンツの中で「いつかファンミーティングで披露しよう」と持ちかけていたのである。その約束は2024年6月、神戸から始まったグループ初の日本ファンミーティング『FEARNADA 2024 S/S – JAPAN』で実現した。カズハ、ホン・ウンチェと3人でステージに立ち、最後に「だ~めっ!今はだめ…ねっ?夢の中でKissして」のセリフをつぶやくと、会場は大歓声に包まれた。SNSでも「これこそ宮脇咲良」といった声が相次ぎ、後にはキム・チェウォンがこのセリフを真似て会場を沸かせる場面もあった。
握手会に来た実の父
2022年、バラエティ番組『知ってるお兄さん』で、1歳のときに両親が離婚し、実の父の顔は写真でも見たことがなかったと打ち明けた。HKT48時代に地元で初めて開かれた握手会で、見知らぬ男性がファンとして応援していると声をかけてきたとき、本能的に実の父だと分かったという。直後に並んでいた年配の女性に「覚えていない?」と言われ、確信に変わった。それ以来会ってはいないが、最も記憶に残るファンだと語る。後のインタビューでは、不思議な体験として話しただけだと説明し、実の娘のように育て、アイドル活動を熱心に応援してくれた今の父への感謝を口にしている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- サ・クラ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- EYES ON ME:THE MOVIE — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09