キム・ジンピョ
1977年生まれの韓国のラッパー、放送人。1995年にイ・ジョクとのデュオ「パニック」でデビューし、ソロでは韓国語ラップに脚韻を根づかせた草分けとされる。ロックバンドNovaSonic、カーレース、『Show Me The Money』のMC、筆記具会社の経営まで幅広く活躍する。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
高校生でパニックとしてデビュー
キム・ジンピョは1977年8月13日、ソウル生まれ。十代の頃はヒップホップばかり聴いていたといい、1995年、高校在学中にイ・ジョクと組んだデュオ「パニック」でデビューした。パニックは『달팽이(カタツムリ)』などのヒット曲を生み、ファンキーで社会派の楽曲でも注目を集めた。イ・ジョクの曲にラップで切り込むスタイルが、キム・ジンピョの原点となった。
活動の歩み
ラップ、ロック、司会、そして経営
1997年に初のソロアルバム『列外』を発表し、全曲をラップで構成した作品で脚韻(ライム)を前面に押し出した。翌年の『JP Style』と合わせて、韓国語でも本格的なラップが成立することを大衆に示した功績は大きい。1999年以降はニューメタル・バンドNovaSonicに参加し、ロックの世界にも足を広げた。2000年代にはカーレーサーとしてデビューし、レーシングチームの監督も兼任。その経験を生かしてXTM『Top Gear Korea』のMCを務め、Mnet『Show Me The Money』でも長く司会を担当した。近年は外祖父が創業した筆記具会社の経営を引き継ぎ、赤字続きだった事業を黒字に転換させた実業家としても報じられている。
エピソード
「ライムの皇帝」の自虐と誇り
初期の単音節ライムは後の世代から「ダサい」と揶揄されることも多く、2集収録の『진표생각 1』のフレーズは今もネタにされる。本人はこの曲について、使わなかった歌詞と韻を寄せ集めた「ゴミ箱」のような曲だと説明し、自ら「無理やりライムの皇帝」と歌ったこともある。また自分の音楽はヒップホップではなくポップだとし、仮にヒップホップ功労賞を贈られても辞退すると発言した。私生活では離婚を経験し、その直後に自ら作詞作曲したシングル『사랑 따위(愛なんて)』のMVでは頭を丸めた。2020年にはイ・ジョクの『돌팔매(投石)』に客演し、往年より滑らかなライムで健在ぶりを示した。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・ジンピョ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- Show Me The Money 6 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09