キム・ヘソン
釜山出身の俳優。ネットの「オルチャン(美形)」として知られた後に俳優となり、シットコム『思いっきりハイキック!』の優等生イ・ミンホ役で一躍人気を得た。兵役や事故による空白を経て、映画やドラマに出演を続けている。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
テコンドー少年から「オルチャン」へ
キム・ヘソンは1988年1月14日、釜山で3人兄弟の末っ子として生まれた。小学2年生からテコンドーを始め、選手として午後から深夜まで練習を重ね、釜山の同じ階級で1、2位を争うほどの腕前だったと本人が明かしている。しかししかし中学2年生の頃から、深夜まで続く練習に耐えられず家出を繰り返すようになり、やがて選手の道からも離れた。転機は2000年代初め、端正で少年らしい顔立ちがネットで評判となり、デビュー前からファンカフェができるほどの「オルチャン」になったことである。同世代の女優ムン・グニョンに勧められて俳優の道を選び、高校を中退して上京、のちに高卒認定試験に合格した。
活動の歩み
『思いっきりハイキック!』で迎えた全盛期
2005年、映画『ジェニ、ジュノ』で主人公の一人ジュノ役を演じてデビューした。続く映画『暴力サークル』では主人公の友人役で顔を知られ、2006年後半にMBCのシットコム『思いっきりハイキック!』に抜擢される。気弱だが抜け目のない美少年の優等生イ・ミンホ役は大当たりとなり、彼の名前より役名のほうが有名になるほどの人気を集めた。その後は同じ監督の後続作『明日に向かってハイキック』にカメオ出演し、『감자별 2013QR3(ジャガイモ星)』では慶尚道なまりの宅配員役で登場した。2011年の映画『グローブ』では聴覚障害のある野球部員を演じるために手話を学び、この作品を最後に同年6月に入隊、軍楽隊で服務して2013年3月に除隊した。
空白と復帰の繰り返し
除隊後は2015年のホラー映画『퇴마: 무녀굴(退魔:巫女窟)』で主演を務めたが、同年9月、バラエティ番組の撮影の合間に停車中の車で休んでいたところ、違法レースをしていた車に追突され、マネジャーらとともに負傷した。のちの捜査で加害者は起訴されている。この事故の影響もあり、2年近く演技活動を休むことになった。2017年にはKBS 2TV『マッドドッグ』で9年ぶりにドラマへ本格復帰し、演技も好評を得た。2020年には映画『紙の花』に出演した。2021年には『思いっきりハイキック!』15周年を振り返るドキュメンタリーにも登場している。
エピソード
「ハイキックは乗り越えるべき山」
『マッドドッグ』終了後のインタビューでは、『思いっきりハイキック!』を自分にとって足かせであり、同時に越えなければならない山だと語った。それでも、多くの人がいまも自分を「ミンホ」と呼んでくれる作品への感謝は口にしている。一方で、内気でトーク番組は苦手だと公言しており、2021年にはチャンネルAの相談番組『오은영의 금쪽상담소(オ・ウニョンの相談所)』で、極端に内向的な性格のせいで初対面の人の多くに無愛想だと誤解され、見知らぬ人から罵声を浴びたこともあると打ち明けている。
親友チョン・イルとの再会
撮影当時、共演者のチョン・イルとは特に親しく、チョン・イルはメイキング映像で一番仲の良い共演者にキム・ヘソンを挙げていた。しかし『思いっきりハイキック!』の後、意欲を失っていたキム・ヘソンはほとんどの人と連絡を絶ってしまう。15周年のドキュメンタリーで明かされたところでは、長い沈黙の後にチョン・イルのほうから電話があり、開口一番に怒鳴られたという。その一言で、長い空白のぎこちなさが一気に消えたと語っている。2015年の『ラジオスター』出演時には、テコンドーの蹴りを披露した瞬間にズボンが破れ、スタジオを爆笑させたこともある。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・ヘソン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- マッド・ドッグ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09