キム・ヒエ
1967年生まれの女優。高校生でCMモデルとして芸能界に入り、1980〜90年代にはKBS、MBCのドラマで主演を重ね『息子と娘』などで一時代を築いた。2014年『密会』、2020年『夫婦の世界』で再び大きな話題を呼び、映画でも活躍を続ける。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
制服姿で撮った写真
最初の仕事は、恵化女子高校1年だった1982年に撮影した衣料品のCMである。話を持ち込んだのは、彼女を気に入っていた学校の舞踊教師で、広告会社に勤める身内に教え子を紹介したのだという。写真を撮ってくるよう言われて写真館へ向かった彼女は、何の準備もせず制服姿のままだった。着いてみると、同じ年頃の少女たちはみな着飾って順番を待っていたと伝えられる。このとき受け取った出演料は15万ウォンで、当時の高校生にはかなりの大金だった。1983年に映画『스무해 첫째날』(二十歳の最初の日)で女優としてデビューし、1985年には当時の青春スター、ソン・チャンミンの相手役として映画『내사랑 짱구』に出演。同じ1985年に中央大学演劇映画科へ入学している。
活動の歩み
KBSの新星からMBCの顔へ
テレビで一気に名を上げたのは1986年である。KBS『여심』(女心)の主役オーディションには200倍もの応募があったが、彼女はそれを射止め、19歳で一人の女性の10代から60代までを演じきって新世代スターの仲間入りをした。ラジオDJとしても人気を集め、1987年に吹き込んだ『나를 잊지 말아요』(私を忘れないで)はヒット曲になっている。1988年からはMBCのドラマにも出るようになり、1990年にKBSの内紛でドラマ制作が止まったことをきっかけに、MBCを本拠とするようになった。『산 너머 저쪽』(山の向こう側)で24歳にしてMBC演技大賞の大賞を受け、1992年の『아들과 딸』(息子と娘)では、息子ばかりを大事にする家で育ちながら自分の道を切り開く娘フナムを演じて、当時のドラマになかった女性像だと支持された。この作品と翌年の『폭풍의 계절』(嵐の季節)の成功で百想芸術大賞の大賞を受け、チェ・ジンシル、チェ・シラと並ぶ90年代の看板女優となった。
円熟期の再ブレイク
1996年の結婚後は2人の息子を育て、大学で教える仕事にも就くなど、しばらく表舞台から遠ざかった。2000年代に入ってドラマに本格復帰し、2007年の『내 남자의 여자』(私の男の女)で再び存在感を示す。2014年のJTBC『密会』では年下の青年ピアニストとの恋に揺れる女性を演じて話題となり、2020年のJTBC『夫婦の世界』は同局の歴代最高視聴率を記録する社会現象となって、第56回百想芸術大賞TV部門の女性最優秀演技賞を受けた。映画『ユンヒへ』(2019年)、Netflix『クイーンメーカー』(2023年)、映画『デッドマン』『普通の家族』(2024年)など出演作は幅広い。2026年にはCoupang Playのバラエティ『봉주르빵집』(ボンジュール・パン屋)に出演し、JTBCの新作『골드디거』(ゴールドディガー)への出演も決まっている。
エピソード
世紀の結婚と受賞スピーチ
1996年、ソフトウェア企業「ハングルとコンピュータ」の創業者イ・チャンジンとの結婚を発表した。「天才」と呼ばれたベンチャー経営者と人気絶頂の女優という組み合わせに世間は沸き、報道があまりに突然だったため、海外旅行中だった新郎側の両親が慌てて帰国し、記者会見を済ませてから両家の顔合わせをしたという話まで残っている。共演者からの評価も高い。『息子と娘』で父親を演じたペク・イルソプは2016年、今の女優で彼女ほど上手な人はいない、新人の頃からスターになると思っていたと語った。2020年、『夫婦の世界』で百想芸術大賞を受けた際には、夫役で「国民の憎まれ役」となったパク・ヘジュンを自分にとって最高の俳優だと持ち上げ、賞を分かち合いたいと述べて会場を沸かせた。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- キム・ヒエ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- クイーンメーカー — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 夫婦の世界 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08