シン・ウンギョン
シン・ウンギョンは1973年釜山生まれの俳優。10代で子役デビューし、『総合病院』で90年代の青春スターに。映画『娼』『花嫁はギャングスター』で地位を築き、のちには『欲望の炎』や『ペントハウス』など強烈な役で存在感を示してきた。私生活の騒動でも度々注目を集めた。
更新 2026-10-08/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
弟の友人についていった放送局
1973年、釜山に生まれる。俳優の道に入ったのは偶然だった。中学時代のある日、子役として活動していた弟の友人に付いて放送局を見学していたところ、KBSドラマ『欲望の門』の演出家の目に留まり、1987年、同作でヒロインの少女時代を演じることになったのである。抜擢の理由について本人は、華やかさのない平凡な顔立ちが時代ものの役柄にちょうど合ったのだろうと見ている。厳格な父には内緒で、撮影の日は「読書室へ行く」と言って家を出ていた。やがて事情を知った父は叱りこそしなかったものの、「お前にどれほどのことができるか」という態度を見せ、その反応が逆に負けず嫌いな性格を刺激して、演技にのめり込むきっかけになったという。その後、安養芸術高校の演劇映画科を卒業した。
活動の歩み
「X世代」の顔から映画女優へ
端役や脇役を重ねたのち、1993年の『パイロット』で客室乗務員を演じて知名度を上げ、1994年の『総合病院』で一気にブレイクした。中性的でさっぱりした新世代の女性研修医は社会現象となり、「X世代の代名詞」とまで呼ばれた。MBC演技大賞の優秀演技賞や百想芸術大賞の新人演技賞を受け、音楽番組の司会や多数のCMでも引っ張りだこになる。ところが人気絶頂の1996年11月、無免許での飲酒運転事故を起こして現場を離れた容疑で拘束され、活動は中断した。翌1997年、イム・グォンテク監督の『娼(창)』で娼婦街に流れ着いた少女の半生を演じて復帰し、青龍映画賞の主演女優賞を獲得。2001年の『花嫁はギャングスター』では組織のボスに扮して全国約530万人を動員するヒットを記録し、アクションとコメディの代表作を得た。
強烈な役柄で再び頂点へ
2003年に結婚し、出産を経て仕事を絞ったが、2007年に離婚。同年のSBS『不良カップル』で8年ぶりにドラマへ戻り、『母さんに角が生えた』『白い嘘』と家族劇でも好演した。2010年の『欲望の炎』では手段を選ばない野心家を演じてMBC演技大賞の女性最優秀賞を受け、2013年の『スキャンダル』で同賞の最優秀賞を再び手にした。2015年の『マウル~アチアラの秘密~』では恐怖と狂気に呑まれていく財閥夫人で「再発見」と評されたが、同時期に前所属事務所との金銭をめぐる法的紛争や家族にまつわる疑惑が相次いで報じられ、世論が急激に悪化して活動を休止。事務所との訴訟は2017年5月に双方が取り下げることで決着した。2018年の『皇后の品格』で冷酷な皇太后を演じて本格復帰し、その後は『ペントハウス』シリーズ、『7人の脱出』『7人の復活』とキム・スノク脚本作品に続けて出演している。
エピソード
体当たりの撮影と負傷
アクション作品では体を張る場面が多く、代償も大きかった。『花嫁はギャングスター2』の撮影中には角材が左目に当たる大けがを負い、回復しきらないまま現場に戻ったが、のちにこの事故で左目の神経が損傷し視力をほぼ失ったと明かしている。『家族の秘密』ではバイクのひったくり場面で肘の靭帯を痛め、乱闘シーンで鼻を打撲しても撮影を続けた。『スキャンダル』の頃は感情の消耗で円形脱毛症になり、撮影期間が重なった『隣人の妻(네 이웃의 아내)』では髪を切れずにかつらで対応したところ「ティナ・ターナー」と言われたと、ラジオで笑い話にしている。30代で受けたインタビューでは「20代はスターが目標だったが、今は俳優になることが目標」と語った。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- シン・ウンギョン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- ペントハウス — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08
- 7人の脱出 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-08