ウェンディ
Red Velvetのメインボーカルを務める歌手である。本名はソン・スンワン。少女時代をカナダと米国で過ごし、SMのグローバルオーディションを経て2014年にデビューした。2021年にグループ初のソロデビューを果たし、ミュージカルやラジオDJ、ソロ世界ツアーへと活動の幅を広げている。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
ソウル生まれ、北米育ち
1994年2月21日、ソウルに生まれた。本名はソン・スンワン。小学5年生の頃に姉とともにカナダへ渡り、ブロックビルを経てトロント近郊で暮らした。途中で米ミネソタ州の寄宿学校に移って姉と寮生活を送った時期もあり、成績優秀者として「オバマ大統領賞」を受けたことが韓国でも知られている。英語と韓国語に加え、フランス語やスペイン語も学んだ。渡航直後は言葉や人種の壁に苦しんだと後年振り返っている。
友人の付き添いで合格
学生時代は合唱団やショークワイアで歌い、楽器にも親しんだ。転機は2012年のSMエンターテインメントのグローバルオーディションで、もともとは受験する友人に付き添うつもりだったという。その場でキム・ゴンモの「ソウルの月」をR&B風にアレンジして歌い、合格を手にした。両親は学業を続けてほしいと反対したが、最終的に母親が「娘の人生を代わりに生きることはできない」と父親を説得し、韓国行きが決まった。
「ウェンディ」の由来とデビュー
渡韓後は約2年間の練習生期間を送り、デビュー前にプロジェクト「SM ROOKIES」の一員として公開された。デビュー時に珍しがられた「ウェンディ」という名前は、北米での留学生活で使ってきた英語名をそのまま活動名にしたものである。名付けたのは父親で、「人を助ける友」でいてほしいという願いが込められているという。2014年8月、アイリーン、スルギ、ジョイとともにRed Velvetとしてデビューし、翌年イェリが加わって5人体制となった。
活動の歩み
Red Velvetの声として
グループの中で高音を任されることが多く、2014年のデビュー曲『幸せ (Happiness)』でも聴かせどころのハイトーンを担った。グループ外の歌唱仕事も早い段階から舞い込み、2015年2月には事務所の先輩Amberのソロデビュー直後の音楽番組ステージにフィーチャリングで加わっている。同年12月の『KBS歌謡大祝祭』では少女時代のティファニーと組んで「Dear. Mom」を披露した。SBSの『心肺蘇生ソング』ではチョン・ジュニルとのデュエットが好評を得、MBC『デュエット歌謡祭』では同い年の一般人パートナーと歌っている。2017年2月のアルバム『Rookie』には、彼女が幼い頃に流行したECOの「最後の愛」をリメイクした彼女のソロ曲が収められた。
事故からの復帰とソロデビュー
2019年12月25日、SBS『歌謡大祭典』のリハーサル中にステージから転落し、骨盤と手首を骨折する重傷を負った。放送局の安全管理に批判が集まり、彼女は長期の療養に入った。復帰後の2021年4月、ミニアルバム『Like Water』でRed Velvetのメンバーとして初めてソロデビューを果たす。同年末には年末特番でクリスマスソングを次々と歌い、その姿がネットで話題になった。2022年1月にはBoA、テヨンらSMの女性アーティストによるプロジェクト・グループGot the Beatに参加し『Step Back』を発表した。SBSパワーFMの『ウェンディのヤングストリート』では2023年7月まで約2年間DJを務めた。
ミュージカルと独立後の歩み
2023年にはミュージカル『レベッカ』10周年公演で初舞台を踏み、オク・ジュヒョンと共演して主人公「わたし」を演じた。舞台経験を経て声の安定感が増したとの評価が広がり、2024年3月の2作目ソロ作『Wish You Hell』でもそれが示された。2025年4月、イェリとともにSMとの専属契約を終了した。SM30周年の合同公演に姿を見せなかった頃から再契約しないのではという観測が出ていたが、本人はグループ活動の継続を表明し、同月末にASNDエンターテインメントと契約した。同年9月に3rdミニ『Cerulean Verge』を出し、ソウル・奨忠体育館公演を皮切りに初のソロワールドツアー「W:EALIVE」を9か国15都市で行った。2026年8月にはRed Velvetが5人そろって『Velvet Summer』でカムバックしている。
エピソード
髪色で呼ばれたデビュー前夜
デビュー前のティーザー期間、ファンはまだメンバーの名前を覚えておらず、髪の色で呼び分けていた。毛先を青く染めていた彼女の呼び名は「青い子」。『幸せ』の後半で彼女が歌う一節から「シャインオンミ」というあだ名も付いた。一方、北米の地元でもデビューは話題となり、かつての同級生がK-POPアイドルになったという噂が広まって、トロントの地元紙に記事が載ったこともあるという。
家族との5年ぶりの再会
練習生時代から家族はカナダに残っており、長く会えない日々が続いた。2015年に歌った「Dear. Mom」が多くのファンの胸を打ったのもそのためである。両親との再会がかなったのは2017年8月、Red Velvet初の単独コンサートに2人がカナダから駆けつけたときで、実に5年ぶりだったと伝えられている。
細さを心配する声
2026年夏、Red Velvetのカムバックを控えて公開された近影があまりに細く、ファンの間で体調を心配する声が相次いだ。特段の健康問題は伝えられていないが、この際に過去の「40歳になったら思う存分食べたい」という趣旨の発言が改めて注目を集めた。アイドルとしての体型管理の厳しさを冗談めかして語ったものとして、ファンの記憶に残っている。
局の垣根を越えた歌声
2022年12月、MBCのロゴソングの歌い手として起用されたことはちょっとした話題になった。当時の彼女はライバル局SBSのラジオDJであり、局の看板に他局の番組の顔を起用した点に驚きの声が上がる一方、それだけ歌唱力が認められている証しだと受け止められた。また『心肺蘇生ソング』でチョン・ジュニルと歌ったソ・ジウォンの「76-70=♡」について、本人は「これまでで一番緊張しなかった舞台」と語っている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- ウェンディ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- Like Water — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- Cerulean Verge — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09