ソン・ヘ
1927年、黄海道に生まれた韓国の司会者・歌手・コメディアン。朝鮮戦争で南へ逃れた失郷民で、楽劇団の歌手として芸能界に入った。1988年からKBS『全国のど自慢』の司会を約34年務めて「国民MC」と呼ばれ、2022年6月に95歳で世を去った。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
避難船の上で生まれた芸名
1927年4月27日、黄海道載寧郡に生まれた。本名は宋福熙(ソン・ボッキ)。若い頃は海州の芸術学校で声楽を学び、音楽の道を志していた。朝鮮戦争が始まると母に別れを告げて南へ避難し、延坪島から乗った避難船の上で、海の「海」の字を取って「宋海」と名乗るようになったとされる。南では韓国軍の通信兵として勤務し、1953年7月の休戦協定成立を知らせる電報を自ら打ったという体験を、後年たびたび語った。除隊後に창공악극단(蒼空楽劇団)へ入り、歌手として舞台に立ったのが芸能生活の出発点である。
活動の歩み
還暦を過ぎて迎えた全盛期
楽劇団から放送の世界へ移った後は、歌もコントも司会もこなす芸人として長く活動した。転機は悲しみの後に訪れる。1986年に大学生だった一人息子を交通事故で亡くし仕事から離れていたところ、KBS『全国のど自慢』の担当プロデューサーが直接訪ねて復帰を説得した。1988年5月、61歳で同番組の司会に就くと、庶民的で温かな人柄と機転の利いた一言、歌手出身ならではの歌唱で番組の顔となった。1994年に一時降板したが同年10月に復帰し、以後は晩年までマイクを握り続けた。2022年5月には最高齢のテレビ音楽コンテスト番組司会者としてギネス世界記録に認定され、翌月8日に死去した。
エピソード
ハチにも動じない進行
全国を巡る番組だけに型破りな出場者も多く、2010年には全身にハチをまとった養蜂家が登場した。自らは防護網をかぶってインタビューに臨んだが、養蜂家が去った後も舞台に残ったハチに次の出場者が囲まれて歌が止まると、「ハチは刺さないよ、私も刺さない」となだめ、拍子を取って一緒に歌いながら最後まで歌わせた。80代、90代になっても高齢の視聴者から「お兄さん」と呼ばれ、2016年には89歳でトロット歌手ユ・ジナとのデュエット曲を出して音楽番組の舞台にも立った。生前は、最後の収録を故郷の載寧か学生時代を過ごした海州で行いたいと繰り返し語っていたが、南北関係の冷え込みとコロナ禍に阻まれ、その願いはかなわなかった。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
- 2021年송해 1927出演[2]
出典
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- ソン・ヘ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 송해 1927 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09