ユ・ヒヨル
1971年ソウル生まれの作曲家・プロデューサー・司会者。ワンマンプロジェクト「Toy」で数々のバラードを生み、事務所アンテナを率い、音楽番組『ユ・ヒヨルのスケッチブック』の顔として長く親しまれた。2022年の盗作騒動以降は表舞台から退いている。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
荒れた十代から音大へ
ユ・ヒヨルは1971年4月19日、ソウルで二人兄弟の次男として生まれた。音楽の道は決して順風満帆な出発ではない。両親の離婚を経験した少年時代、高校ではバイクで走り回って停学処分を受けたこともあると本人が明かしている。立ち直るきっかけになったのは、支えてくれた母と兄の存在と、愛聴していたフォークデュオ「オットンナル」の音楽だったという。ピアノを本格的に始めたのは高校3年と遅く、家計が苦しかったため、最初は紙に鍵盤を描いて指を動かしていたというエピソードも残る。それでも1年ほどの猛勉強でソウル大学作曲科に合格し、周囲を驚かせた。
活動の歩み
Toy、ラジオ、そして『スケッチブック』
柳在河音楽競演大会での受賞をきっかけに音楽界に入り、1994年にワンマンプロジェクト「Toy」を始動。「좋은 사람(いい人)」「뜨거운 안녕(熱いさよなら)」など、客演ボーカルを迎えた叙情的なバラードで支持を集めた。ラジオ『音楽都市』のDJとして話術でも人気を得て、2009年からはKBS『ユ・ヒヨルのスケッチブック』を13年にわたり司会。SBS『K-POPスター』の審査員も務めた。経営者としては事務所アンテナを率い、個性派ミュージシャンを数多く世に送り出している。
エピソード
盗作騒動とその後
2022年、自作曲が坂本龍一の楽曲に似ているという指摘が相次ぎ、本人は一部の類似を認めて謝罪、『スケッチブック』を降板して活動を自粛した。坂本側は「法的措置が必要な水準ではない」との立場を示している。その後は公の場から遠ざかっていたが、2025年9月に現代カードが主催するトークイベントで約3年ぶりに姿を見せ、音楽と人生について語った。この登場は、現代カードの鄭泰永副会長からの直接の誘いに応じたものだったと伝えられている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- ユ・ヒヨル — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- 같이 펀딩 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- TAKE ONE ~マイ・ラスト・ソング~ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09