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イム・ジェボム

임재범Yim Jae-beom
SinaweK-pop歌手

イム・ジェボムは韓国ロックの草分けシナウィのボーカルとして出発し、のちにバラード歌手として「告解」「君のために」などの名曲を残した。圧倒的な声量と幅広い表現力で、韓国屈指の歌い手と評されてきた。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

ヘヴィメタルの旗手として

ソウル生まれ。父は著名なアナウンサーのイム・テックンだが、家庭事情は複雑で、決して平坦な少年時代ではなかったとされる。音楽の道を開いたのはソウル高校の同窓生シン・デチョルとの縁で、1986年、彼が率いるロックバンド、シナウィのボーカルとして1stアルバム『Heavy Metal Sinawe』でデビューした。この作品は後年、韓国大衆音楽の名盤選で繰り返し上位に挙げられている。兵役のためバンドを離れた後は、プロジェクト色の強い外人部隊、ギタリストのキム・ドギュンと組んだアシアナなどを渡り歩き、英国のロックボーカリストを手本に声を鍛え上げた。

活動の歩み

バラード転向と『私は歌手だ』

1991年にソロへ転じ、1stアルバムの「이 밤이 지나면(この夜が過ぎれば)」が大ヒットした。しかし同曲が盗作と判定されて放送出演が止められ、表舞台から遠ざかる。1997年の2集で復帰すると、「사랑보다 깊은 상처」、1998年の「告解」、2000年の「君のために」と代表曲を重ねた。テレビをほとんど避けていた彼が再び脚光を浴びたのは2011年のMBC『私は歌手だ』で、ユン・ボッキの「여러분(皆さん)」を歌った回では圧倒的な得票で1位を獲得した。2015年にはJTBC『ヒドゥンシンガー4』に出演し、ものまね挑戦者たちを抑えて優勝している。

エピソード

喪失と復帰、そして引退

『私は歌手だ』への出演の裏には、甲状腺がんと闘っていた妻の治療費や娘の将来を支えたいという事情があったと後に伝えられた。番組の途中で虫垂炎の手術を受けて降板し、その直後に「心身ともに疲れ果てた」とファンに書き残して突然英国へ発ったことも話題になった。妻は2017年に亡くなっている。2026年1月にはデビュー40周年の全国ツアー『나는 임재범이다(私はイム・ジェボムだ)』を最後に舞台を降りると表明し、同年3月にソウルで開かれたアンコール公演が最後のステージになると報じられた。

プロフィール

生年月日
1963年10月14日[1]
出生地
ソウル特別市[1]
国籍
韓国[1]
職業
K-pop / 歌手[1]
関連グループ
Sinawe[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2022年TAKE ONE ~マイ・ラスト・ソング~Amazonで探す테이크 원出演[2]

出典

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  1. イム・ジェボム — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. TAKE ONE ~マイ・ラスト・ソング~ — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09