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デヒョン

정대현Jung Dae-hyun
B.A.PK-pop歌手

B.A.Pのメインボーカルとして2012年にデビュー。激しいダンスの中でも揺るがない高音で知られた。グループの活動終了後はソロ歌手やミュージカル俳優として活動し、兵役を経て2024年には元メンバー4人での再集結も果たした。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

釜山の音楽教室で磨いた声

デヒョンは1993年生まれで、釜山で育った。幼稚園の頃は「チョン・グニョン」という名前で、その後に改名したとされる。釜山のコンピューター科学高校で実用音楽を学んだが中退し、高卒認定試験を経て、のちにサイバー大学でエンターテインメントビジネスを学んだ。練習生になる前から歌にかける熱量は並外れていた。釜山の音楽教室時代には、気が散らないよう携帯電話の契約を止め、開館から閉館まで教室にこもって歌い続けたというエピソードが残っている。TSエンターテインメントに入った彼は、B.A.Pのデビュー約6か月前という遅い時期にメンバーに合流した。グループの中で最も短い練習生期間だった。

活動の歩み

B.A.Pのメインボーカル

2012年1月、シングル『WARRIOR』でB.A.Pとしてデビュー。『NO MERCY』『ONE SHOT』『BADMAN』など、曲の最初から最後まで体力を使い切るような振り付けの楽曲で、デヒョンはサビの高音やアドリブを一手に引き受けた。踊りながらでも音程やリズムが崩れないライブ力は高く評価され、整った容姿と歌唱力を兼ね備えた「ビジュアル・メインボーカル」という言葉の代表例として語られることも多い。2014年11月、メンバー全員が所属事務所を相手に専属契約無効確認の訴訟を起こし、グループは約1年活動を止めた。2015年8月に双方が合意して事務所へ復帰し、同年11月に活動を再開している。

グループ解散後のソロ活動

2017年にはジョンオプとのプロジェクトアルバム『PARTY BABY』を発表し、ミュージカル『ナポレオン』でナポレオンの弟リュシアンを演じた。2018年12月にソロ曲「Baby」を出し、2019年2月にTSエンターテインメントとの契約が満了してB.A.Pは事実上活動を終えた。同年4月にミニアルバム『Chapter2 “27”』を発表し、6月に新たな事務所へ移籍して10月にシングル『Aight』を出した。ミュージカルでも『オール・シュック・アップ』『グリース』に出演している。2020年11月には日本で初のシングル『AMAZING』をCDで発売し、2022年3月にデジタル配信も行った。

兵役を経て4人で再集結

2020年11月に陸軍へ入隊し、助教として服務して2022年5月に満期除隊した。2024年にはバン・ヨングク、ユ・ヨンジェ、ムン・ジョンオプと約6年ぶりに集まり、商標の問題からB.A.Pの名ではなく4人の名前を並べた形でEP『CURTAIN CALL』を発表、ファンコンサートを開いた。現在はジョンオプの後を追う形でMAエンターテインメントに所属し、2025年の「Stay」「행로(行路)」に続いて、2026年6月にはミニアルバム2集『PUZZL(OV)E』を発表している。

エピソード

チーズケーキと覆面歌王の涙

2015年11月、活動再開の時期に『覆面歌王』へ出演した際は、2回戦の入りでわずかに拍を誤ったが、ライブで鍛えた勘ですぐに持ち直した。正体を明かした後には、ずっと舞台に立ちたかったと涙ながらに語り、同じ思いで待っていたファンの胸を打った。2025年にも別の仮面で再出場している。グループ内ではムードメーカーで、朝に宿舎のメンバーを起こすのは彼の役目だった。いたずらの標的はたいてい物静かなジョンオプで、何をしても怒らない彼の表情を崩してみたいのだと本人も認めている。好物のチーズケーキはファンから大量に贈られ、食べ過ぎて飽きてしまったと明かした。父がすでに他界していたことは、2025年の曲「Stay」を通じてファンに知られることになった。

プロフィール

生年月日
1993年6月28日[1]
出生地
釜山広域市[1]
国籍
韓国[1]
職業
K-pop / 歌手[1]
関連グループ
B.A.P[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2019年아잇歌唱[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. デヒョン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. 아잇 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09