ヒョリン
SISTARのリーダー兼メインボーカルとして2010年にデビューした歌手である。ユニットSISTAR19、ソロ曲『One Way Love』などで成功し、歌唱力とダンスを兼ね備えた実力派として知られる。2017年に独立して自身のレーベルBridʒを設立し、プロデュースまで手がける。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
病弱だった幼少期
ヒョリンは1990年12月11日、仁川で生まれた。本名はキム・ヒョジョン。父は海兵隊出身である。生まれてすぐ保育器に入り、乳児期には胆道閉鎖症のために何度も手術を受け、胆のうも摘出している。2011年にトーク番組『強心臓』に出演した際には、病気がちな子どもだったが今はすっかり元気になったと明かし、視聴者を驚かせた。
JYPでの挫折
幼い頃から歌と踊りが好きだったが、周囲に手ほどきしてくれる人はおらず、オーディション情報も自分で探して受けに行ったという。JYPエンターテインメントのオーディションには2度挑み、2度目に1位で合格した。練習生時代にはソン・ジウン(のちのSecret)、ハニ(のちのEXID)らとプロジェクトグループでのデビューが計画されていたが、この企画は立ち消えになり、彼女はJYPを去ることになる。
「Hurt」で掴んだ再出発
次に門を叩いたのがスターシップエンターテインメントで、オーディションではクリスティーナ・アギレラの『Hurt』を歌った。このときの映像は後に広く出回り、デビュー前から歌える新人として話題になった。練習生期間にはR&Bの発声や基礎を本格的に学び、2010年に同社が新しいガールズグループを結成する際、リーダーを任された。
活動の歩み
SISTARとSISTAR19
2010年6月3日、SISTARはシングル『Push Push』でデビューした。2011年にはメンバーのボラと組んだユニットSISTAR19の『Ma Boy』がヒットし、ヒョリンの存在感はさらに大きくなる。SISTARは夏に強いグループとして人気を確立したが、2017年5月に解散を発表し、最後の曲『Lonely』は配信チャートの首位に立った。2024年1月にはSISTAR19として約11年ぶりに『NO MORE (MA BOY)』を発表し、ファンを喜ばせた。
歌番組の常連からソロへ
2012年にはドラマ『ドリームハイ2』で人気アイドル役を演じた。2013年11月には初のソロアルバム『LOVE & HATE』を出し、ダブルタイトルの一つ『One Way Love』が音楽番組で1位を獲得している。同じ年、MAMAの舞台でスティーヴィー・ワンダーと共演し、映画『アナと雪の女王』の韓国語版『Let It Go』のMVも任された。翌年にはドラマ『星から来たあなた』のOST『Goodbye』を歌った。
サバイバル番組と競演
『不朽の名曲』では何度も優勝を重ね、2015年にはアイドルとして初めて『私は歌手だ』シーズン3に正式出演した。最初の脱落者になったものの、イ・ソニの『縁』の熱唱は観客の涙を誘った。同年の『アンプリティ・ラップスター2』では3位に入り、2016年の『覆面歌王』でも準優勝するなど、ジャンルを問わず挑戦を続けた。2022年には『QUEENDOM2』にも参加している。
独立とBridʒ
2017年9月、手紙を通じてスターシップを離れることを伝え、同年11月には自身のレーベルBridʒを設立した。曲のブリッジがクライマックスへつなぐように、大衆と音楽をつなぐ存在になりたいという思いを社名に込めたという。2018年には『내일할래(To Do List)』『달리(Dally)』『바다보러갈래(See Sea)』の3部作を発表し、2019年にはベルリンから東京へ回る初のワールドツアーを行った。2020年の『Say My Name』、2022年の『iCE』を経て、2026年7月には自ら多くを手がけたミニアルバム『OriginaLyn』を発表した。
エピソード
「韓国のビヨンセ」と呼ばれて
歌唱力に加えてダンスの評価も高く、『不朽の名曲』で歌いながら踊る姿から「韓国のビヨンセ」というあだ名がついた。もっとも競演番組では歌で注目されることが多く、本人はインタビューで、踊ることが好きでもっと学びたいと語ってきた。彼女の振り付けは座ったり立ったりを繰り返す動きが多く、真似したファンから「翌日体が痛くなった」という声が出るほどハードなことで知られる。海外のダンサーたちがK-POPの女性アーティストの踊りを採点した動画で最高点を付けたことも話題になった。
自分の物語を歌に
独立後の作品では、本人が作詞や制作に積極的に加わるようになった。2018年の『Dally』ではラッパーのGRAYと共同で曲を作り、MVではアメリカの振付師アリヤ・ジャネルの振り付けを4人のダンサーと踊りこなして、公開から1日足らずで再生回数100万回を超えた。2020年のミニアルバム『Say My Name』に収めた『9Lives』は自身の歩みを重ねた自伝的な曲で、その世界観を表現したパフォーマンスも評価された。グループの看板ボーカルから、自分で方向を決めるアーティストへと立ち位置を変えていった過程がうかがえる。
学校暴力疑惑とその決着
2019年5月、中学時代の同級生を名乗る人物がオンラインコミュニティに、ヒョリンから暴行などを受けたと書き込み、騒動になった。所属事務所は当初、本人の記憶がはっきりしないとして事実確認を進めるとし、一時は名誉毀損で法的措置も辞さない姿勢を示した。しかし数日後には双方が直接会って長時間話し合い、円満に解決したと発表して事態は収束した。
体調不良とSISTARへの思い
2026年には体調を崩して病院に搬送されたことが報じられたが、本人はその後、完全ではないもののだいぶ回復したと伝えてファンを安心させた。『OriginaLyn』発表時のインタビューでは、SISTAR再結成について具体的な話はまだないとしつつ、「SISTARがいたから今の私がいる」と語り、一人で舞台に立つときも4人分の空白を感じさせないよう全力を尽くしてきたと振り返っている。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- ヒョリン — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- It's Me — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- Say My Name — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09