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オ・サンウク

오상욱Oh Sang-uk
俳優・女優

1996年大田生まれのフェンシング男子サーブル選手。192cmの長身と柔軟性を武器に2019年世界選手権を制し、2024年パリ五輪では個人・団体の2冠を達成した。2026年アジア大会でも2冠を連覇し、バラエティでも人気を集める。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

兄を追って始めた剣

1996年に大田で生まれた。フェンシングとの出会いは2009年、大田の中学1年生のときで、先に競技を始めていた兄の後を追う形だった。当時の身長は160cmほどで同年代より小柄だったため、本人いわく「小さな体で勝つには、より速く踏み込み、より正確に突くしかなかった」。基本動作と瞬発力の練習を毎日積み、中学2年で1学年上の選手たちを次々に破るほど頭角を現して、中学3年から本格的に選手の道へ進んだ。高校1年のころには身長が187cmまで伸び、スピードと体格を兼ね備えた理想的な素質がそろった。2014年12月には韓国サーブル初の高校生代表となり、大統領杯では当時世界ランキング1位の具本佶(ク・ボンギル)を破る番狂わせを演じた。

活動の歩み

世界王者から五輪2冠へ

2015年2月のパドバW杯で銅メダルを獲得して「怪物新人」と呼ばれ、2017年にはアジア選手権と世界選手権の団体金に貢献した。2018年のアジア大会では個人決勝で先輩の具本佶と金メダルを争って銀、団体では金を手にしている。2019年7月の世界選手権個人決勝でハンガリーのサトマーリを15対12で破って優勝し、初めて世界ランキング1位に立った。同年は世界選手権、アジア選手権、ユニバーシアードでそれぞれ2冠に輝くなど独壇場だった。初の五輪となった東京大会では、大会延期に加え新型コロナ感染による隔離、試合中の足首の負傷が重なり個人は8強止まりだったが、団体で金メダルを獲得した。2022年12月には練習試合で足首の靭帯3本を断裂する大けがを負うものの、2023年の杭州アジア大会で個人・団体の金を取り復活。2024年パリ五輪では個人と団体を制し、アジアのフェンシング選手として初めて五輪2冠を達成した。

腰の痛みを抱えての連覇

パリ五輪の後は代表活動を1シーズン休んで充電し、2025〜2026年シーズンに復帰した。椎間板ヘルニアに苦しみながらも、1月のソルトレイクシティ、5月のカイロでW杯個人優勝を果たし、6月のアジア選手権でも個人で頂点に立った。7月の世界選手権では団体銀メダルを引き寄せた一方、個人はけがの影響で32強で敗退している。約1か月の休養を挟んで臨んだ9月の愛知・名古屋アジア大会では、個人で連覇を達成し、団体決勝でも41対44と追い込まれた最終局面から連続得点で逆転優勝を呼び込んだ。アジア大会の金メダルは通算5個となり、韓国選手団のMVPにも選ばれた。

エピソード

開脚の一撃と冷麺の味

身長192cm、両腕を広げた長さ205cmという体格は欧州勢にも引けを取らず、長い手足で深く踏み込んで突き、斬る技が持ち味である。大柄ながら柔軟性も抜群で、パリ五輪の個人決勝で見せた完璧な開脚の体勢は海外の中継でも称賛された。競技の外ではMBC『私は一人で暮らす』に出演して素顔を見せ、パリ五輪後の2024年8月に再出演した際には、パリでも冷麺が恋しかったと語って笑いを誘った。アジア大会の連覇後には、腰の痛みについて問われ「負けたら、けがも言い訳になるだけ」と答え、言い訳をしない姿勢がファンの心をつかんでいる。

プロフィール

生年月日
1996年9月30日[1]
出生地
大田広域市[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優・女優[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2024年핸썸가이즈出演[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. オ・サンウク — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. 핸썸가이즈 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09