イ・ヘリ
1985年生まれの歌手。ピアノ科を中退して歌の道に進み、2008年にDavichiのメインボーカルとしてデビューした。圧倒的な高音で数々のヒットを支え、ソロ作やミュージカル、オーディション番組の審査員、バラエティの司会でも活躍している。
更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09
生い立ちとデビューまで
ピアノ科から歌手の道へ
1985年生まれ。もともとはピアノを学び、秋渓芸術大学のピアノ科に在籍していたが、20歳のときに歌手になると心を決めて大学を中退した。その後2年間の練習生生活を経て、2008年1月28日、カン・ミンギョンとのデュオDavichiの1stアルバム『Amaranth』でデビューした。事務所は当初、彼女を別の練習生とボーカルグループにする構想も持っていたが、最終的に二人が最も望んだ形でデビューできたという。デビュー当初は顔を見せない路線で、テレビ初登場も生放送の音楽番組ではなく音楽トーク番組『윤도현의 러브레터(ユン・ドヒョンのラブレター)』だった。
活動の歩み
Davichiの高音担当
デビュー曲『미워도 사랑하니까(憎くても愛してるから)』は新人ながら音源チャート5位まで上昇し、後続曲『슬픈 다짐(悲しい決心)』で2008年5月、デビューからわずか3か月で地上波の音楽番組1位を獲得した。2009年の『8282』は発売2週で地上波1位となり、収録6曲すべてが音源チャート20位以内に入るヒットになった。グループでは高音パートを一手に引き受け、他の歌手の楽曲でもサビの高音を任されることが多かった。ミュージカルにも進出し、『天国の涙』、2012年の『モーツァルト・オペラ・ロック』のコンスタンツェ役、2014年の『英雄』のソルヒ役を務めた。2011年にはドラマ『ポセイドン』のOST『사랑하는 사람아(愛する人よ)』で作詞・作曲からミキシングまで自ら手がけている。
ソロ作と審査員・司会業
2017年4月、初のソロミニアルバム『h』を発表し、シン・ヨンジェが作曲したタイトル曲『미운날(憎い日)』で歌唱力を存分に示した。2020年からはJTBCのオーディション番組『シング・アゲイン』で、2025年のシーズン4まで全シーズンで審査員を務め、2023年には『쇼퀸(ショークイーン)』の審査員にも加わった。2024年2月にはMBCの旧正月特番『송스틸러(ソングスティーラー)』で初めて司会を担当し、同年5月のレギュラー化後も進行役を続けた。私生活では2022年7月に一般男性と結婚し、直筆の手紙で「一緒にいると笑うことが多く、誰よりも私を大切にしてくれる人」と報告した。式は家族や親しい知人だけを招いて行われた。
エピソード
紙吹雪と歌詞間違い
生歌にこだわる一方で、ステージでのハプニングも多い。2011年9月、Mnet『M COUNTDOWN』で『さよならと言わないで』を歌っている最中に、舞っていた紙吹雪が口に入って声が詰まり、歌が止まってしまった。続くカン・ミンギョンも同じく紙吹雪にやられて笑いをこらえきれず、結局二人で笑いながら曲を終えた。本人は落ち込んでSNSで謝罪したが、生歌の証明になったとファンにはむしろ好評だった。歌詞を間違える場面もたびたび映像に残っており、実力派でありながらどこか抜けた二人のやり取りは、ファンの間で「お笑いデュオのようだ」と親しまれている。
「ヘリおばさん」の時代
デビュー当時は黒いスーツに前髪を下ろし、後ろ髪を一つに結ぶ大人びたスタイリングだったため、「ヘリおばさん」というあだ名をつけられた。初めての音楽番組1位では言葉に詰まりながらも受賞の感想を述べたが、2度目の1位では涙を見せている。2011年末のクリスマスコンサートでは、1か月かけて練習したダンスを披露したものの、危なっかしく見えたのか客席から「踊らないで歌って!」という声が飛んだという。
プロフィール
作品
年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。
出典
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- イ・ヘリ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
- H — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09