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ナ・フナ

나훈아Na Hoon-a
俳優・女優歌手

ナ・フナは韓国トロット界を代表した歌手・シンガーソングライターである。1960年代後半から半世紀以上にわたり第一線に立ち、ナム・ジンと並ぶ二大スターとして「歌皇」と呼ばれた。2025年1月のソウル公演を最後に引退した。

更新 2026-10-09/出典確認 2026-10-09

生い立ちとデビューまで

釜山の野球少年がつかんだデビュー

本名はチェ・ホンギ。釜山で育ち、中学時代は野球部の選手だったが、当時から歌の上手さで知られていた。ソウルの高校に進むと、遠足で歌った流行歌に周囲が沸いたという同級生の証言も残る。デビュー曲は「천리길」(千里の道)とされるが、デビュー年は資料によって食い違い、実際に確認できる音盤は1960年代末のものである。公称の1947年生まれについても、若くしてデビューしたため年齢を上げたとの見方が根強い。

活動の歩み

120曲を超えるヒットと「歌皇」

「사랑은 눈물의 씨앗」(愛は涙の種)でスターに躍り出て、1970年代以降はナム・ジンと人気を二分した。「잡초」(雑草)、「무시로」、「홍시」(熟柿)、「사랑」(愛)などヒット曲は120曲を超え、多くを自ら作詞作曲している。テレビ出演をほとんどせずコンサートに軸足を置く姿勢を貫き、2017年に11年ぶりの公演を行うとチケットは数分で完売した。2020年のKBS秋夕特番『대한민국 어게인 나훈아』では新曲「테스형!」が大反響を呼んだ。2024年に引退を表明し、全国ツアー「고마웠습니다」(ありがとうございました)の最終公演を2025年1月にソウルで終えた。

エピソード

伝説の記者会見

1972年には公演中に暴漢に襲われ、顔に大けがを負った。2008年には日本の暴力団との揉め事で重傷を負ったという荒唐無稽な噂が広まり、本人が開いた記者会見で壇上に上がり、ズボンのファスナーを下ろして「望むなら脱いで証明する」と記者たちに迫った場面は今も語り草である。私生活では女優キム・ジミとの事実婚を含め3度の結婚と離婚を経験した。1992年には与党から国会議員選挙の公認を打診されたが「歌手が天職」として断っている。

プロフィール

生年月日
1947年2月11日[1]
出生地
釜山広域市[1]
国籍
韓国[1]
職業
俳優・女優 / 歌手[1]

作品

年は作品の公開日・放送開始日です。本人の参加時期を示すものではありません。

  1. 2020年아홉 이야기歌唱[2]

出典

リンク先の著作権は各発行元に帰属します。本文は転載せず、確認した事実をもとに書き起こしています。

  1. ナ・フナ — 人物の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09
  2. 아홉 이야기 — 出演者・公開日の構造化データWikidata/構造化出典/確認日 2026-10-09